「おたく」だから成功する時代

ちなみに、しばらく前まで「おたく」というと、

「好きなことは一生懸命やるが、コミュニケーション能力に欠ける」

というイメージがありました。このイメージが、必ずしもただしくないことは、すでに触れたとおりです。自主製作映画を撮ったり、同人誌をつくったりすると、「おたく」は意外なほど対人スキルを発揮します。

とりわけここ数年、「交渉エリート」が「おたく」の中に増えているようです。演劇、ドラマCD、パロディ動画といった、自分たちが手がけた「二次創作コンテンツ」を、彼らはさまざまなかたちで流通させています。そうした活動によって、おどろくほどの収益をあげている「おたく」も稀ではありません。

今世紀に入ってから、ニコニコ動画やSNSなどの「非マスメディア型コミュニケーション」が急速に発達しました。マスメディアとは次元をことにする、自主的な催しが得意だった「おたく」は、あたらしい情報環境のなかで、「水を得た魚」になっているのです。

春樹は、テレビやラジオなどの放送系メディアには、絶対といえるほど顔を出しません。そのくせ、『海辺のカフカ』発売時には、特設ウェブサイトをひらいていました。サイトを運営しているあいだは、読者からの質問メイルにも、ずいぶんマメにこたえていました。

私のまわりをみると、春樹とおなじか、それよりうえの世代の人は、放送系メディアの意味を極端なほど重く見ます。その度合は、私ぐらいの年齢層とくらべても段ちがいです。テレビに出ないで、ウェブにはかかわる春樹は、メディア感覚がかなり若いといえます。その「若さ」の秘密は、本質が「おたく」というところにあるのでは――そんな風に、私はかんがえています。