一方、デメリットもある。それは、説明のスタイルが常に一枚岩であるはずだという幻想を振りまいたことである。普遍性の視点のもと、あらゆることを、万人に共有できる形で平板に説明できるはずだという想定を世に広めてしまったのである。

物理学や生物学のように、特定の法則に説明原理を集約することが共通了解になっている分野であれば、共通のことばとしての「なぜ」という問いが成立する。その説明原理を共有している科学者集団の中では、「なぜ」の唯一解を求めることは可能である。一方、その前提を共有していない人たちとの間では、通用しない問いとなる。

ティンバーゲンの「四つのなぜ」

さらに、説明原理を特定の法則に集約している自然科学においてさえ、「なぜ」への回答の与え方は複数存在し、それらは相互に独立していて、異なる説明原理をなしているという理論的整理がある。動物行動学者ニコ・ティンバーゲンは、動物の行動について、生物学は四つの「なぜ」に答える必要があると示した。

(1)近接要因:どのような仕組みか
(2)究極要因:どんな機能をもっているか
(3)発達要因:生物の成長に従いどう獲得されるか
(4)系統進化要因:どんな進化を経てきたのか(長谷川、2002)

「ドライバーが赤信号で自動車を止めるのはなぜか」

理解のために、分かりやすい比喩を引用してみよう。「ドライバーが赤信号で自動車を止めるのはなぜか」という問いに対し、それぞれの立場でどのような回答が与えられるかを例示する(マーティン&ベイトソン、1990=1990)

(1)近接要因:「特定の視覚的刺激が受容され、中枢神経系で処理され、特定の反応を引き起こす(ギアをシフトし、ブレーキをかける)」から。
(2)究極要因:「赤信号で止まらないドライバーは事故を起こしやすく、少なくとも警官に捕まりやすい」から。
(3)発達要因:「ドライバーは本やテレビや指導員からこの規則を習った」から。
(4)系統進化要因:「交差点で交通を止めるのに赤信号が多くの国で使われるようになった」から。

これら四つの説明は、いずれも「ドライバーが赤信号で自動車を止めるのはなぜか」という問いに対する適切な回答となっている。

ここで注意してほしいのは、「ある行動の要因が複数ある」というように、同一の説明の地平における複数の要因を並列的に挙げている「のではない」ことである。

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説明の方法は複数通りある

たとえば、ドライバーが、「本」と「テレビ」と「指導員」の三つの情報源により赤信号停車ルールを学習したというのであれば、これは同一の説明の地平における三つの異なる要因を並列的に示しているものである。