最高の治療で老後=老春を謳歌

狭心症・心筋梗塞といった冠動脈疾患の治療には、大きく、薬物治療、冠動脈カテーテル治療、冠動脈バイパス手術の3種類があります。どういう治療をいつ行うかは循環器内科医の判断によっても違いますし、患者さんの職業やどういった生活を望むかによっても異なります。

記者会見で語った「陛下が希望された公務をし、日常の生活を取り戻す時点で、手術成功といえる」という気持ちはいまも変わらない。(ロイター/AFLO(代表撮影)=写真)

例えば、米国のパイロットの場合は、飛行中に発作や薬によるトラブルが起きたら危険なので、薬物治療やカテーテル治療を受ける選択肢はありません。現在のカテーテル治療は薬剤溶出ステントを使うのが主流ですが、再狭窄を防ぐために抗血小板薬を服用する必要があるため、不向きとされています。

一般的には手術を受ける方の年齢は高齢化しており、80代で手術を受ける方は珍しくありませんし、90代で手術を受ける方もいます。高齢者、糖尿病や腎臓疾患などほかに病気のある方は、手術合併症が起きるリスクが若干高くなります。そういったリスクの高い人の手術でも、最高の結果が出せるように、僕は努力を重ねてきました。心臓外科医の経験を見る指標の一つが手術症例数ですが、僕自身が執刀医となった手術は他院での執刀も含め昨年430例、その前年は480例でした。1日1例以上ですが、手術をしないと衰えていくという強迫観念みたいなものがあるんですよ。それでも、長い手術が肉体的にできなくなるとか、手術の質が落ちるようなことがあったら、年間300例できたとしても潔くメスを置きます。

天皇陛下が受けられたオフポンプ手術は、心臓を止めて人工心肺につなぐ従来の手術とは違い、心臓が動いた状態のまま冠動脈バイパス手術を行う方法です。僕は新東京病院(千葉県松戸市)で00年ごろから本格的にオフポンプ手術を始め、ほかにこの手術を一生懸命やっていた数カ所の病院でも成績が向上したこともあって、日本中で急速にこの方法が広がりました。

ある意味、未知の治療法だったオフポンプ手術を、あの時期たくさん実施して日本一の治療成績を挙げられたのは、医療を取り巻く社会背景が味方してくれたからです。ここ10年ぐらいで医療安全やインフォームド・コンセントに対する患者さんやマスコミの目が非常に厳しくなりました。今同じように個人の情熱だけで新しいことをやったら叩かれます。

一方で、患者さんに僕自身が説明をするときには、納得してもらえるまでじっくり話すようにしています。今回も、天皇、皇后両陛下には直接説明したので緊張はしましたが、ご納得いただけるまで話したつもりです。

また、僕は自分の爪はハサミで切りますが、これが結構術中役に立ちます。ピタッと切りたいところで切って、止めたいところで止める。手術中には右手が使えない場面もあるので、左手で爪を切るのはいい練習になるのです。左右のバランスを取るために、意識して皿洗いを手伝ったこともありました。