情報を漏洩させない「ジェームズ・ボンド」的な手段
他には、マスコミの人間がスタッフになって潜入するかもしれないという問題もあった。ロンドンのタブロイド紙はその技術に長けていることで知られていた。1万人もスタッフがいれば、イブニング・スタンダード紙やデイリー・メール紙のジャーナリストがスパイとして潜入することはほぼ間違いないだろう。スパイの存在は開会式、特に聖火台への点火にとって障害になる恐れがあった。
それ以前のオリンピックでは、聖火台には巨大な石か、金属の構造物が使われていた。いずれにしても冷たい物質で作られた大仰なものだった。ボイルは、聖火台をもっと人間味のあるものにしたいと考えた。聖火台をデザインしたのは、イギリスのデザイナー、トーマス・ヘザーウィックである。ヘザーウィックが作ったのは、植物の茎と花弁をかたどった細長い銅の棒204本から成る聖火台だった。その棒を当日、一人1本ずつを持って会場に入り、組み合わせて聖火台とする。すべての花弁が聖火で燃えることになる。
だが、当然、事前にその場でのテストは必要になる。情報漏洩を防ぐため、ボイルはそういう場合の最も普通の手段に頼らざるを得なかった。「ジェームズ・ボンド」的な手段と言ってもいいかもしれない。組織委員会とボイルは、聖火台となる銅の棒が午前3時に運び込まれるよう手配した。テストの日程は開会式当日にできるだけ近くする。そうすれば、軍がスタジアム上空を飛行禁止空域に指定するので、マスコミがヘリコプターを飛ばして写真を撮ることはできなくなる。
当日寸前になって漏洩しないよう、ボイルは、開会式の詳細情報を1台のノート・パソコンだけに保存していた。その方が守りやすいからだ。そのパソコンを常に持ち歩き、自分のいる建物の入り口は部外者が決して入らないよう絶えず警備員に見張らせた。
「お金に代えられない素晴らしい報酬」を与える
開会式当日の夜、すべてはうまくいった。式典は壮大で素晴らしく、しかもオリンピックにふさわしいものだった。ボランティアのスタッフは無報酬ではあったが、報酬のあるどのような仕事でも得られないほどの興奮が得られた。大規模で一度きりのイベントである。細部で何が起きるのかはまったく予測不可能であり、こうしておけばうまくいく、という方法はどこにもない。しかし、ボイルはそれを見事にやってのけた。
まず、ボイルは人の話をよく聴いた。そして、ロンドン・オリンピックの組織委員会会長、セバスチャン・コーの、「秘密」ではなく「サプライズ」と考えるべき、というアイデアを受け入れた。
照明や音響などに関しても、自分のエゴはいったん脇に置いて、多くの人の意見を聴き、その中から良いものを取り入れた。
ボイルがボランティアのスタッフをうまくまとめられたのは、お金には代えられない素晴らしい報酬を与えたからだろう。市場最大規模の観衆を前に、イギリスという偉大な国の歴史を語ることができるという興奮、それが何よりの報酬だ。彼は、スタッフ一人一人の行動を細かく管理するようなことはせず、かなりの自由を与えた。見るところは見ながら、自由に行動させたのである。自由に行動したことで、自分が式典の成功に貢献したことを実感できたのだ。その実感も大きな報酬だった。