しかも彼は、ノーザン・ソングスがATVに買収されると、ATV役員の席にちゃっかり収まってしまう。ビートルズとしては、非常に裏切られた気持ちになったのだ。
また、ビートルズはこのとき、さらに大きな過ちを犯している。ビートルズの新マネージャーとなったアラン・クラインの提案により、ビートルズ側も保有していたノーザン・ソングスの株をATVに売ってしまったのだ。
アラン・クラインは、ディック・ジェイムズが売った価格の倍の価格でATVに買い取らせたので、ビートルズは、いったんは大きなお金を手にすることができた。経営破綻寸前だったアップルにとっては、かなりありがたい資金となった。
しかし、ビートルズは将来的には大損することになる。
ジョンとポールは、この時点でノーザン・ソングス社の株主ではなくなった。
レノン=マッカートニーの楽曲の権利は、ほとんどノーザン・ソングスが所有している。そして、ビートルズがノーザン・ソングスの株主でなくなるということは、彼ら自身がつくった曲の権利を、彼らはまったく持たないということになったのだ。
そのため、ジョンとポールは、自分たちのつくった曲からの印税収入をまったく得られなくなるばかりか、自分たちが自由に演奏することさえできなくなったのだ。彼らは演奏するたびに、ノーザン・ソングスに使用料を払わなければならなくなったのだ。
ジョンとポールが夫婦で合作するようになった
ビートルズの仲が悪くなった1969年ごろから、ジョンとポールは、それぞれソロ活動をするようになる。が、ジョンは妻のヨーコ(最初の妻シンシアとは1968年に離婚した)と、ポールも妻のリンダと曲を共作するようになった。
まるでジョンとポールが、お互い当てこすりをし合っているような構図だが、じつはここにも「ノーザン・ソングスの問題」が大きく絡んでいるのだ。
ジョンもポールも、契約により、1973年までは自分の作品はノーザン・ソングスに帰属することになっていた。つまり、ジョンもポールも、1973年まではいくら曲をつくっても、作詞作曲の印税は入ってこなかったのだ。
そのためポールは、曲を妻リンダとの合作とし、曲の権利を半分リンダに与えた。リンダはノーザン・ソングスと契約していないので、リンダの著作権はリンダのものである。つまり、リンダを共作者として入れておけば、ポールのつくった曲の著作権を半分もらえるということである。
ジョンも、ヨーコとの共作とクレジットされている曲が何曲かあるが、それもこの契約問題が理由だと思われる。
漂流するビートルズの著作権
もちろん、ノーザン・ソングス側は納得がいかない。今まで曲をつくったことがない女性が、いきなり大作曲家と共作者になり、曲の権利を半分持っていくのである。ノーザン・ソングスは「契約逃れの意図は明らか」だとして、ポールとジョンを訴えた。