「雨とともに流れた」と考える

儀式を行った翌日、大雨が降って、私がまいた塩やお酒が流れてしまったそうです。「仏さまがあなたを見ていて、あなたの嫌な思いを雨ですっきり流してくれたんじゃないの? きれいごとを言うわけじゃないけれど、そう考えるとすっきりするでしょう?」と伝えました。

それを聞いたAさんは、完全に吹っ切れたわけではなさそうでしたが、以前よりは割り切った対応ができるようになったそうです。お隣さんから無茶なことを言われた場合は、自分で対応しようとせず、無視したり、警察や自治体の相談窓口などの第三者に対応を任せたりするようになったといいます。そしてそれから1年ほど経ち、いまではAさんもすっかり元気になっています。

縁切りの儀式を執り行うには、僧侶や神職の人が必要になります。しかし、一般の人であっても、できることはあります。それは、縁を切りたい相手と会わないこと、その存在を心に留め置かないこと。これが「縁切り」の基本です。

恋愛を例にとるとわかりやすいのですが、どんなに周りが「縁を切れ」と言っても、自分が見限らない限り、相手との関係は終わりません。それと一緒です。

今月のひとこと

Aさんはこれまで、隣に住んだ「縁」を大切にしながら、「四無量心しむりょうしん」を持ってお隣さんに接してこられました。それはとても尊いことです。

「四無量心」とは、「幸せに生きて行くために、常に4つの広い心を持って過ごしなさい」という仏教の教えのことです。4つの広い心は、「慈悲じひ喜捨きしゃ」を指します。

持つべき4つの心のひとつ目は、「慈」の心です。親が子を思うように利害損得を離れて和やかに接しなさいという意味です。ふたつ目は「悲」の心。ここには、悲しい思いやつらい思いをしている方がいたら、その立場になって考える思いやりを持ちなさいという意味があります。

3つ目が「喜」で、相手が喜んだり、楽しんだりしている時に、ともに笑い合える温かな心を持ちなさいという意味。4つ目の「捨」は、他人の失敗を笑ったり、成功や楽しんでいる様子をねたんだり、誰かに何かをして見返りを求めたりするような、執着心を全て捨てなさいということです。

相手のつらいことや悲しいことはともに引き受け、自分の喜びは分かち与える。これが本当の慈悲の心です。慈悲の心を持った人が増えれば、誰もが幸せに生きられる明るい世の中になることでしょう。

しかし、人間関係は時を経るにつれ、変わってゆくものです。一時は「慈悲喜捨」の心を持って接することで、よい関係が築けていたとしても、自分を攻撃してくる人を、無理に受け入れる必要はありません。こじれてしまった縁に固執することで、自分の人生に支障を来すのはもったいない話です。

四無量心のうちの「捨」は、本来は、ねたみやそねみの気持ちを捨てるという意味です。しかし、自分を守るためにも、こじれてしまった「縁」に対する“執着心”は捨て、これまでのご縁に感謝しながらも、離れる勇気を持っていただきたいと思います。

(構成=山脇麻生)
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