いまヨーロッパに押し寄せているのは、ウクライナ侵攻の間接的な犠牲者の第1波でしかない。今後、その数が激増することはほぼ確実だろう。

「密入国の斡旋業者から、ヨーロッパに渡れば楽な暮らしができると吹き込まれて、決断する人もいる」と、イエズス会難民サービス国際部門のトーマス・スモリッチ代表は言う。「避難民を生まないように各国政府が連携してやれることは、何であれ重要だ」

さらにスモリッチは「ウクライナ侵攻の影響を受けている国々で、多くの人々が状況を見極めようとしている」と続けた。「彼らは今後の食料事情とインフレの高まりを考え、いつ避難すべきかと検討している。他国への避難を考えている人は大勢いる」

だが「政治家や治安当局はこの問題がもたらすリスクに気付いていない」と、昨年8月までアフガニスタンでNATO上級民間代表を務めていたステファノ・ポンテコルボは言う。「避難民の絶対数はまだ少なく、政治家はその数字しか見ていない。避難民を乗せたボートが毎日何隻もやって来るようになってから慌てても、もう手遅れだ」

武力を使わず他国にダメージを与える作戦

イルバ・ヨハンソン欧州委員(内務担当)も同じ考えだ。彼女は先頃、密入国斡旋業者が集まるニジェールとの連携強化に触れて、「国境地帯に危機が訪れるまで待つのではなく、もっと早い段階から手を打つ必要がある」と語った。

だが物価高騰に終わりは見えず、密入国対策でニジェール当局と連携を強化しても今の流れは変えられそうにない。各国が何年も前から国境警備を強化していることを受けて、密入国の斡旋業者も新たなルートを見つけているようだ。

こうした混乱こそ、まさにプーチンが狙っていたことかもしれない。さしものプーチンも、ウクライナの穀倉地帯への攻撃や黒海の輸送路の遮断が食料危機を引き起こすことを最初から意識していたわけではなかった可能性はある。しかし、彼が今までも甚大な影響をもたらす大混乱を意図して引き起こしてきたことは間違いない。

プーチンの盟友であるベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が昨年やったように、プーチンも不法移民を利用して、「グレーゾーン侵略(武力行使を伴わずに他国に被害をもたらす作戦)」を進めている。この作戦がもたらす混乱は、今後ますます大きくなるだろう。

EUはこの狡猾な作戦に、どう対抗していくのか。人為的に大勢の避難民を生み出してロシアに向かわせるのは実行不可能だし、倫理に反する。