留置所で「万引きしてしまう自分」と向き合った

こうなると、盗ることが目的なのか鞄を隙間なく物でいっぱいにすることが目的なのか、わけが分かりません。ただ、物のためこみにしても、鞄の隙間を埋めることにしても、何かしら心のなかの空隙くうげきや欠落をそういう形で埋めようとしていたのではないか、心理的な不全感を物で満たそうという一種の代償行為だったのではないか、という気が今はしています。

こうした日常からの転機は、入院治療のきっかけともなった最後の万引き事件です。逮捕されて留置、さらに拘置されている間、否応なく「自分はなぜ万引きするのか」「なぜ万引きと過食嘔吐をしたくもないのにやめられないのか」といった、それまで考えないようにしてきた問いにようやく正面から向き合うようになりました。

病院の治療プログラムの一つであるミーティングのなかに、自分自身と向き合って過去を振り返り洗い出す「棚卸し」と称する作業があるのですが、私はこの時期に、自己流の不完全な形ながら「棚卸し」にすでに着手したのだと思います。

そのなかで、今まで自分の万引きの原因は過食嘔吐、広い意味での摂食障害であると長い間考えてきたのが、どうやらそうではないらしい、摂食障害になる以前から(それまで万引きをしたことはないけれど)万引きをしかねないような考え方や行動がずっと自分にはあった、と気づきました。

摂食障害さえ治せば万引きも自然にとまると簡単に考えていましたが、そうではない、自分に内在するもっと根深い問題なのだと気づいたことがとても大きかったと思います。

「他人に知られなければなかったのと同じ」と考えてしまっていた

幼いころから一貫して私の行動を主導してきたのは、「他人が見ていなければ悪いこともしてしまえる」「他人に知られなければなかったのと同じ」といった、極めて自分本位な、ずるい考え方です。

竹村道夫、吉岡隆(編)『窃盗症 その理解と支援』(中央法規出版)

私は自らの信念や行動指針に従ってではなく、もっぱら他者からの評価によって行動してきましたので、他人が見ていれば実力以上に評価してもらおうと頑張るのですが、誰も見てくれていないと分かったとたん「頑張ってもしょうがない、ばかばかしい」と手を抜くところがありましたし、それどころか他人の目がなければ、つまり自分の評価は下がらないと思えば、ルールに違反したり悪事をはたらいたりすることにもいっこうに痛痒つうようを感じない、そういう人間でした。

「他人が見ていようといまいとやるべきことはやらなきゃいけないし、やっちゃいけないことはやっちゃいけない」という実に当たり前なことを、今さらながら自分にしつけていかねばならないと考えています。

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