「窃盗のための窃盗」をしているケースはほとんどない

問題は、この診断基準Aの条文をどのように理解するかである。狭義解釈者は、窃盗症は「利益のための窃盗」ではなく、「窃盗のための窃盗」であると主張して、「放火のための放火」である放火症(Pyromania)を引き合いに出して説明している。しかし、窃盗行為と経済的利益を完全に切り離すことは、病的賭博(ギャンブル障害)を経済的利益と切り離すことと同様に、現実にはできない。

経済的利得が動機に全く含まれない賭博行為や窃盗行為というものは、理論的にはあり得ても現実には存在しない。盗品を多少でも個人的に使用することがあれば、この基準を満たさないと理解すると、窃盗症患者は、臨床上、ほとんど実在しないことになる。

診断基準Aは、窃盗の主たる動機が、その物品の用途や経済的価値でなく、衝動制御の障害にある、という意味に許容範囲を広く理解すべきだ、というのが筆者らの見解である。実際、筆者らの観察では、窃盗症患者も、経済的利得意識をもって、自分が欲しい物や使用する物を盗み、盗んだ物を使用している。

店内のポケットに新しいガジェットを入れて消費者泥棒の手を閉じる
写真=iStock.com/Михаил Руденко
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窃盗症患者にみられる12の特徴

DSM-5は、万引きで逮捕される人の4~24%に窃盗症が見られるという数値をあげている。

診断基準Aを厳格に適用すると、窃盗症患者は、節約意識をもたず、個人的に使用しない商品ばかりを万引きすることになるが、想像困難な人物像であり、そのような人がこれだけ存在するとはとうてい思われない。

現実に、換金目的に金目の商品をねらう職業的窃盗者以外のほぼすべての万引き犯が、自分で摂食する食品や自己使用する商品を窃盗する。また、一般人口中の窃盗症有病率に関しては、DSM-IVには記載がないが、DSM-5では、0.3~0.6%であるとされており、これは、ギャンブル障害(GamblingDisorder)の生涯有病率(0.4~1.0%)に匹敵するほどの高い数値である。このように、窃盗症は、現在では、以前考えられていたよりはるかに多い精神障害であるとされている。

DSM-5による窃盗症の診断基準以外に、私たちの経験からは、窃盗症患者の多くは、以下のような特徴がみられた。

①窃盗の手口として、9割が万引き
②ほぼ全例が単独犯
③経済状態や社会的地位からみて、「リスクに見合わない窃盗犯罪」を繰り返している
④万引き行為以外には反社会的行動がない
⑤職業的犯罪者ではない
⑥窃盗衝動のスイッチが入ると、自力で中断することが難しい
⑦極めて再犯傾向が強い
⑧生理的、心理的飢餓感をもっていることが多い
⑨摂食障害など、ほかの精神障害を合併することが多い
⑩罰金や服役などの罰則ではほとんど更生しない
⑪治療前には、病識がない
⑫専門的治療によって回復できる