何度逮捕されても万引きをやめられない「窃盗症」という精神疾患がある。窃盗症に詳しい精神科医の竹村道夫さんは「窃盗症はギャンブル障害などのほかの疾患に比べて研究の蓄積が少なく、実態の解明が遅れている。逮捕されても更生できないケースが多いが、専門的な治療を受けることで回復することが可能だ」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、竹村道夫、吉岡隆(編)『窃盗症 その理解と支援』(中央法規出版)の一部を再編集したものです。

万引き
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研究があまり進んでいない「窃盗症」

窃盗癖は、ギャンブル障害、インターネット使用障害、買い物嗜癖、性嗜癖、摂食障害などとともに、精神医学的には行動嗜癖の一つとみなされる。精神障害としての常習窃盗、クレプトマニア(Kleptomania)は、古くからある病名であるが、行動嗜癖のなかでも、最も治療体験と研究の蓄積が少なく、実態の解明が遅れている。

クレプトマニアの邦訳名としては、従来、「病的窃盗」「窃盗癖」などが使われてきたが、DSM-5では、日本精神神経学会の訳(2014(平成26)年)によって新しい病名、「窃盗症」が採用された。

常習窃盗を大雑把に3種類に大別すると、①経済的利益のために金目の物品や金銭を盗む職業的犯罪者、②飢えて食物や生活必需品を盗む貧困者、そして③金があるのに些細なものを盗む病的窃盗者、ということになる。もちろん現実には、3類型の境界域、混在型、移行途上など、分類困難なタイプや、この3類型以外の、コレクター(収集家)や知的障害者、認知症による常習窃盗も存在する。

窃盗症を診断するための「5つの診断基準」

本稿では、精神障害としての病的常習窃盗の意味では、窃盗癖ではなく、クレプトマニア(窃盗症)という医学用語を用いて、両者を区別する。精神障害としての病的窃盗には、「クレプトマニア」という疾患がある。この疾患の診断基準はかなり制限的であるが、その輪郭は明確ではない。

例えば、窃盗症に密接な関係があるとされるうつ病は、DSM-5ではクレプトマニアの合併症の一つとしてあげているが、国際疾病分類、ICD-10では、うつ病に伴う常習窃盗を、クレプトマニアから除外している。「窃盗症」は、DSM-5では、「秩序破壊的・衝動制御・素行症群」の章に移され分類された。DSM-5による窃盗症の診断基準には、DSM-IV-TR(2009年)からの変更がなく、以下の5項目からなる。

A 個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される
B 窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり
C 窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感
D その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない
E その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明されない
(出典:日本精神神経学会(日本語版用語監修)、高橋三郎・大野裕(監訳)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』p.469、医学書院、2014)