なぜ薬物犯罪はなくならないのか。元厚生労働省麻薬取締部部長の瀬戸晴海さんは「要因の一つにSNSを利用したネット密売の横行がある。特にテレグラムというアプリは、交信記録を簡単に消せるなどの秘匿性の高さから、違法薬物売買の温床となっている」という――。

※本稿は、瀬戸晴海『スマホで薬物を買う子どもたち』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

スマホを操作する手元
写真=iStock.com/bombuscreative
※写真はイメージです

ロシア出身の技術者が開発した無料のメッセージアプリ

ツイッターで販売広告を見た、薬物に関心のある若者たちは、密売人と連絡をとるために無料の秘匿アプリ「テレグラム」をダウンロードします。

このアプリに密売人のIDを入れれば一瞬で密売人とのホットラインが繋がります。そして、ブツを注文するとともに、取引方法などを決めるわけです。写真1はテレグラムのチャット画面です。ブツの売買交渉の中身がよく分かると思います。

【写真1】テレグラムのチャット画面
【写真1】「野菜」は大麻、「ブルーベリー」は大麻のブランド銘柄の隠語だ。(『スマホで薬物を買う子どもたち』より)

テレグラムは、ロシア出身の技術者が開発した無料のメッセージアプリ(コミュニケーションツール)で、LINEなどと比べてセキュリティが極めて強固です。

現在はアラブ首長国連邦(UAE)にある団体が運営しているそうですが、チャット機能やダイレクトメッセージだけではなく、ファイル交換や音声通話機能も充実しているため、世界で数億人のユーザーがいるとされます。

セキュリティが強固ということは、通信の秘密が確保されていることに他なりません。その上、高機能で無料となればメッセージアプリとして申し分がない。密売人はこの性能の高さを悪用して、取引に用いているわけです。

交信記録は運営側も捜査機関も確認できない

テレグラムの代表的な機能に「シークレットチャット」があります。この機能を選択すると、送信元のメッセージを暗号化し、受信先でしか復元できないように加工する「暗号化通信」に切り替わってしまう。これを「E2EE(エンドツーエンド暗号化)」と呼び、こうなると運営側ですら通信内容を閲覧することができません。

さらに、暗号化されたメッセージは第三者への転送も、スクリーンショット(モニター画面の全部または一部を画像化すること)を保存することもできません。それどころか、「自動消去タイマー」を設定することで、交信記録を自動消滅させることまで可能に。仮に密売人が「1時間後に自動消去」と設定したら、双方の交信記録は1時間で消え去ってしまうのです。

また、テレグラムには、自分のスマホに登録している相手のテレグラムIDを削除すると、相手のスマホに登録されているこちら側のIDや交信記録が全て削除される機能があります。

そのため、薬物の密売人は関係者や客が逮捕されたことを知ると、身を守るために、まず自分のスマホに登録されている相手方のIDを削除する。密売グループ同士は音声通話機能でやり取りすることが多いのですが、これも電話でなく「ネット通話」なので捜査機関は通話履歴を把握できないという問題が生じています。