ホワイトハウスはANAの対応を賞賛

「擬似航空券」、運賃未払いの乗客や外国人の搭乗―。いわばルール違反、超法規的措置である。しかしこうした人権感覚のある柔軟なハンドリングの結果、数日後の6月13日、尾坂らのもとにはANAワシントン支店長から「全日空機でアメリカに帰国された方々から感謝の声が次々と届いている」と連絡があった。「ヒューマンな対応であった」という声だった。ワシントンの日本大使館にもANAのハンドリングに対して感謝の手紙が届いた。

城山英巳『天安門ファイル 極秘記録から読み解く日本外交の「失敗」』(中央公論新社)

日米の外交交渉においても6月16日、ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)で中国政策を担当したダグラス・パールは、在ワシントン日本大使館公使らと会見した際、こう謝意を伝えた。

「中国滞在の米国人の国外退去にあたり日本側から得られた協力に感謝したい。特に成田で全日空が建設されたばかりのホテルを米国人乗客に無料で提供したことについては関係者はもとより米政府としてもこれを非常に多としている」(松永駐米大使発外相宛公電「米中関係[NSC内話]」1989年6月17日)

北京からANA便で成田空港に到着し、ANA便でワシントンに向かう米国人乗客に対し、完成したばかりの開業前の「成田全日空ホテル」に無料で宿泊してもらったのだ。

北京の日本大使館は、日本政府要請の臨時便に外国人を搭乗させたANAの支店長や尾坂らを叱責したが、実際にはANAの「人権民間外交」に救われたのは、人権感覚の欠如した外務省であり、日本政府だったのではないだろうか。

(敬称略、肩書は当時)

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