「感謝系」は下手に出ながら利用者を追い詰める

「いつもきれいに使っていただき、ありがとうございます」

いざ出そうとチャックに手をかけた瞬間、いきなりお礼の言葉を目にして恐縮することも少なくありません。都営地下鉄のトイレでは、マスコットキャラクターの「とあらん」が、お辞儀しながらこう言ってくれる姿をよく見かけます。

筆者撮影
筆者撮影

「いや、このトイレを使うのは初めてだから、お礼を言われる筋合いはない」

もちろん、そんな突っ込みは無粋。この「ありがとうございます」は、きれいに使ったという結果に対して発せられているわけではありません。「先にお礼を言ってやったんだから、ちゃんときれいに使えよ」という一種の脅しです。

失礼しました。脅しなんて言っちゃいけませんね。「こうしてほしい」(この場合は一歩前に出てこぼさないようにしてほしい)と要求する代わりに、お礼を言うという穏当な方法で「そうだな、気をつけないとな」という自覚を促してくれているんですから。

多くの人は自分はちゃんとできると思っているので、一律に要求されると「わかってるよ!」と反発を抱きかねません。ただ、気を使ってくれているのはわかるんですが、お礼の向こうに隠れている本当のメッセージを読み取ってほしいとプレッシャーをかけて、利用者を追い詰めているようにも見えてしまいます。

筆者撮影

ここでも、日本文化の得意技である「あうんの呼吸」と「謙譲の文化」をベースにした意思の伝達が行われていると言えるでしょう。「罪悪感」に訴えて「きちんとした行動」を要求しているところも、常に世間の目を気にしがちな日本人の習性を前提にしています。

余談ですが、ずいぶん前に都内某繁華街の人気居酒屋で次の注意書きを見たときには、思わず吹き出しました。

〈いつもいつもきれいにご使用頂いて ありがとうございます これからもよろ……アッアッ アーァ、言ってる側から ――失敗は清掃のもと――〉

何重にも先回りしつつダジャレを織り込んでおちゃめさを表現し、しかも失敗に対する強い憎しみをにじませています。