「もう一歩前へ」。飲食店、駅、公共施設などの男性用小便器の上に掲げられた、うっかりこぼなさいでほしいという“警告文”。コラムニストでトイレの注意書き愛好家の石原壮一郎さんは「その表現は日本文化のエッセンスが結実しています」という――。

 

〈急ぐとも心静かに手を添えて外に漏らすな松茸の露〉

おそらくこれは、日本でいちばん有名な狂歌でしょう。女性には馴染みが薄いかもしれませんが、男性は見た覚えがあるはずです。とくに居酒屋のトイレで。

私たち男性は、飲食店や駅、公共施設などのトイレで小便器の前に立つと、7割ぐらいの確率で何らかのメッセージを受け取ります。表現はさまざまですが、どのメッセージも伝えようとしている内容はひとつ。それは「こぼすな!」という警告です。

あちこちのトイレで、これだけ念入りに警告しているということは、世の中にはけっこう高い割合で「こぼす人」がいるのでしょう。誰しも十分に気をつけてはいるでしょうが、何かの具合というかナニの気まぐれで狙いとは違う方向に飛んでいるケースもあります。

公共施設のトイレがきれいになったのは

小便器の上に注意書きを書いた貼り紙やプレートが登場し始めたのは、いつごろからでしょうか。少なくとも私が居酒屋に出入りし始めた40年ほど前には、すでにあった気がします。公共施設のトイレが急速にきれいになったのは、この20~30年。あちこちでよく目にするようになったのも、同じ頃かもしれません。

注意書きを貼るほうとしては、うっかり「こぼす人」の自覚を促すことができるように、それでいて偉そうな響きにならないように、警告の表現に工夫を重ねてきました。その成果として、注意書きには日本文化のエッセンスが結実しています。いくつかの種類に分けて、鑑賞のポイントを考えてみましょう。