おひとり様の苦悩

2016年5月。40代目前になっていた増井さんは、腸の不調を感じて大腸内視鏡検査を受けることに。

結果は、大腸ポリープも大腸の炎症も見つからず、不調の原因は不明。「ストレスによる過敏性腸症候群だろう」と言われた。

だが、同じ年の9月、増井さんは会社で受けた健康診断の心電図検査で不整脈がみつかり、その場で大きい病院への紹介状を発行された。もともと増井さんは、脈が勝手に早くなり、不規則に乱れる頻発性期外収縮があり、時々検査で「要経過観察」の判定が出ていた。

増井さんは、手術日が決まるまで両親には内緒にし、一人で通院や検査を進めた。

「私は一人っ子なので、両親が亡くなれば天涯孤独の身になります。そのため、一人で老後を過ごす練習として、手術日が決まるまでは両親には内緒にしていましたし、一人で過ごす老後の練習のために、『入院の付き添いはしなくていい』と言いました。手術日前日に知らされた母は、心配する時間もなかった感じで呆気にとられていました。父は、この頃は完全にボケており、説明しても理解できていないようでした」

9月下旬、増井さんは心臓のカテーテル手術を受け、4日後に退院。帰宅して、最初に増井さんがしたことは、父親が汚した小便だらけの便器と床の掃除だった。鼻をつく猛烈な尿臭と格闘しながら、何度も何度もふき取っていると、腹の底からこみあがってくるものがあった。

「なんで自分で始末しないのだろう?」
「なんで日頃から言っているように、便座を上げてしないんだろう?」
「なんで汚すのなら座ってしないのだろう?」
「何ひとつまともにできないのに、小便だけは一人前の男のように立ってするんだね?」

心の中で悪態をつきつつ、掃除をする手が怒りに震えた。

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「心臓の手術をしたばかりで、心も体も安静にしていなければならないのに!」

そう思ったそばから、増井さんの不整脈は再発していた。例によって、父親が年金から生活費を出したくないとゴネ始め、「オレの年金はオレのものだ!」と逆上し、母親の背後から殴りかかろうとした間一髪のところを増井さんが阻止。父親を怒鳴りつけた。

「『このボケ老人が長生きすればするほど、私の寿命が縮まる。手術した意味がない』と思いました。世間ではよく、『おひとり様だと病気した時に困る』と言いますが、実際は足かせになる家族がいるぐらいなら、おひとり様のほうがよっぽどマシです。私のように、“独身だけど、同居家族はいる”という、“中途半端なおひとり様”というのが最もタチが悪いのだと痛感させられました」

増井さんは、父親がおかしくなってから、何度も後悔した。

「不仲なのに離婚しない両親に見切りつけて、家を出ておけばよかった。だけどそこまで無責任になれなかった。むしろ、母を連れて家を出ておけばよかった。だけどそこまで頭の回る私じゃなかった。過敏性腸症候群と不整脈の関連性は指摘されていませんが、どちらもストレスによるものだと自分では解釈しています。私は完全に、父に対する積年のストレスで心臓をやられたのだと思っています」