早期リタイアを夢見る独身・一人っ子

2001年、60歳になった父親は定年退職を迎えた。もともと一人でいるのが好きな人で、他人と関わりたがらず、趣味も友だちもないため、一日中誰とも話さず、自分の部屋の中でテレビを見て過ごすようになる。

退職後も、受給された年金を家に入れたがらず、2カ月に1度の年金支給日のたびに母親ともめた。

2003年秋、20代後半になった増井さんに卵巣腫瘍が見つかった。両親とも心配し、父親は珍しく、「手術代はオレが出す!」と張り切ってシルバー人材の仕事を始めた。幸い、卵巣腫瘍は悪性ではなく、経過も良好。手術後、1週間で退院し、1カ月後に復職したが、父親は結局、手術代を出さなかった。

増井さんは、大学を卒業してからというもの、実家から都内の職場まで、片道1時間ちょっとかけて通勤していた。当時関東では、片道1時間前後は通勤圏内と考えられていたが、2011年3月の東日本大震災を経験したあとは、多くの人の価値観が変わった。増井さんも、「片道1時間は近いとは言えない」と思うようになった。

「私はあの日、自宅に帰ることができず、会社に泊まりました。とても怖かったです。震災も、働くことに対する意識が変わったきっかけのひとつですが、年齢を重ねるにつれ、体力の衰えだけでなく体質も急激に変わり、つらくなってきたことも理由のひとつです。通勤だけでなく、仕事で長時間拘束されることによる身体の疲れの他に、人間関係や会社に対する不信感、ストレスも、じわじわと心身にダメージを与えていました」

30代前半までは、ストレスを感じつつも、余力があった。しかし震災を経験し、30代後半に差しかかると、「このままでは難しい」と感じ始めた。

部屋の中で悲しみに座り込んで顔を覆っている女性
写真=iStock.com/kieferpix
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「20代後半での手術の経験も、価値観が変わるきっかけだったかもしれません。その後も体のさまざまな場所に症状が出てきて、病院で診てもらっても原因不明だったり、ストレス性とか自律神経の乱れが原因だとか言われたりして。『何のための人生だろう?』と疑問に感じていました」

そんな増井さんがこの頃(30代後半)に計画し始めたこと。それは、早期リタイアだ。

「低収入だけど、何とか早期リタイアできるんじゃないかと思った理由は、やはり私が独身で、子供がいないということです。育児という責任を持つ必要がないなら、ちょっと早く仕事からやめて、自由に解放的に生きてもいいんじゃないかと……」

増井さんは、酒も飲まず、タバコも吸わない。借金もなく、住むところもある。

「計画を立てた時に考えた理想のリタイア時期は47歳でした。(現在40代になって)もしかしたらもっと早く今の場所では働けなくなるかもしれないし、もっと長く働かないと無理かもしれない。目標の47歳まで、どれだけ貯められるかにかかっています」

父親に異変が現れ始めたのは、そんな計画を思いついた矢先のことだった。