書店員による「棚づくり」は死語になったか

ある人によると、棚づくりという言葉が死語になりつつあるらしい。棚番・棚コードというものを作ったのは、昨日入ったアルバイトが棚入れしても「当たらずといえども遠からず」の場所に入れることができるようにとのことだったのだが、多くの書店員が棚番を頼るようになり、棚番を使うのではなく棚番に使われるようになった。

そして、POSシステムで多店舗の販売データのリアルタイムでの集積が可能となり、売れている本をその棚番に指示される通り置くのが書店員の仕事になったというのである。

そういう傾向はあるかもしれないが、旧知の書店員と話していてもそこまで酷くはないと思う。「棚づくり」という言葉もなくならないことを願っている。

「この店わかっていないなあ」と信頼感を失う棚

書店は商品である本を作る訳ではない。本を作るのは言うまでもなく出版社(業界内では版元と称する)である。その商品を並べる棚をつくるとはどういうことか、それは個々の本の並べ方を工夫して、ある本とある本、あるいは本とその周辺を可視化することにより、書店特有の新たな価値を創造し、その一冊一冊の魅力をより一層引き出して購入されやすくすることだと思っている。

仮に私が本を買いにいく時を考えてみよう。後北条氏の本を探していたら、日本中世史の戦国時代の棚に行くに違いない。そして武田氏や今川氏の本があったら「近い」と思うだろう。ところがその周辺にはなく鎌倉時代の棚にあったら、見つけにくい上「この店わかってないなあ」と思うだろう。ちゃんと戦国時代の棚にあり、その隣もそのまた隣も後北条氏の本ならば、あれもこれも欲しくなるかもしれない。

あるべきところにないことは棚や店への信頼感を失う結果となる。同じ「中世史」の中にあってもそう思うのだから、まったく違う棚にあればなおのことである。在庫データで1冊有となっていても、あるべきところになければないのと同然なのだ。