過去の記録ではなく、潜在ニーズを探る“手掛かり”

忘れてならないのは、販売データを単なる過去の記録として見るのと、マーケティングに使うのとでは、読み方が違うということです。

マーケティングにおいて重要なのは、売れ方にお客様の潜在的ニーズを察知させるような新しい兆しや動きがないか、変化を探ることです。

それには、「冷凍食品は家で食べるもの」「サラダは主に女性客が昼食と一緒に買うもの」といった売り手としての先入観や固定観念を捨て、買い手の視点に転換して、頭をまっさらにして考えることです。

すると、個数はさほどではなくてもすぐに売り切れる商品や、売り上げが伸びている商品があることに気づき、「ここに潜在的なニーズがあるのではないか」と仮説を立てることができる。

どうすれば、数字の向こうにお客様の声を聴くことができるか。販売データは過去のデータですが、売り手から買い手へ視点を変え、問題意識をもって見れば、時間軸に沿ったデータの動きが浮かび上がって先行情報にすることができるのです。

ビッグデータは仮説を立てる“ツール”にすぎない

そして、もう一つ明確にいえるのは、この潜在的ニーズはビッグデータの解析からは導くことはできなかったということです。

先ほども述べたように、AIは、集積したビッグデータの中から与えられた条件をもとに、特定のパターンを抽出するのは得意ですが、それは過去の購買傾向のパターンであり、これまでにない消費スタイルを見つけ出すことはできません。

どんなにデータを大量に集め、AIで分析しても、AIにはそのデータが出てきた理由はわからない。理由がわからなければ、その分析には意味がありません。データの向こうに買い手の心理を読み、仮説を立て、結果を検証して、データは初めて意味をもつ。

データはあくまでもツールにすぎず、仮説を立てないビジネスなどありえないのです。

人間は未来に向かって生きる存在です。常に新しい価値を求め、昨日求めたものを明日も求めるとは限りません。

鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)

売り手に求められるのは、どうすればお客様により満足してもらえるか、お客様の不満をいかに解消するかを、お客様の立場で考え続ける強い問題意識や目的意識です。その問題意識や目的意識が仮説を導き出していく。

とりわけポストコロナ社会は、在宅勤務が一定割合で継続し、自由時間が増え、その時間を有効に使おうとする「新しい消費」は、いままで誰も経験したことのない未知の世界です。「新しい消費」の時代に向けて、いま求められるのは、ビッグデータを離れ、自分の頭で考え抜くことです。

考えなければならないのは、社会はコロナ禍以前の状態にそのまま戻ることはないということです。ポストコロナ社会では、これまで以上に人間のもつ仮説力が問われることになるでしょう。

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