お客さんと直接つながるために酒蔵見学をはじめる

お客さんからのリアルな味の感想を聞くために、直接の接点を持とうと、まずは街歩きマップを作り、観光がてら私たちの酒蔵に立ち寄ってもらおうと考えました。

酒蔵では、蔵を案内して見学してもらったり、試飲してもらったり、気に入ればお酒を購入してもらったりもしました。購入時にはできるだけ宅配便を利用してもらうことを勧め、名前と住所もどんどんゲットしていきました。また、試飲してアンケートに答えてくれた人には飛騨牛が当たるなどのキャンペーンを行って、これまた名前と住所を獲得していきました。そして、そのお客さんリストの住所にお礼の手紙とチラシをダイレクトメールで送っていきました。

こんなこともありました。

店頭でお客さんに様々なお酒を利き酒してもらいながら、お客さんの好みを勉強していた時のことです。あるお客さんに、「どういうお酒がお好みですか?」と聞くと、「すっきり辛口がいい」と言うんですね。

それを聞いて、新潟のお酒に代表されるような、いわゆる淡麗辛口というキーワードが思い浮かんだので、そういう味のお酒と、それ以外の味のお酒を3つ並べ、目隠ししてもらってテイスティングしてもらいました。

飲んでもらったあと、「どれがお好みでしたか?」と聞いたんです。「これです、この酒が好きですね!」といってそのお客さんが指さしたのは、辛口ではなく、どちらかというと味のある、芳醇なタイプの甘口のお酒だったんです。

「辛口=通」という酒好きの常識から生まれた新商品

お客さんは、「おーうまいな、さすが辛口や」みたいなことをいうのですが、実際は甘口。お客さんの脳を分析してみると、つまりこういうことではないか。

「自分はお酒が好きで、それなりに酒通と思われたい。特に酒蔵の主人を相手にして酒通と思われたい、という時には辛口というキーワードが外せない」

当時、新潟の淡麗辛口全盛時代に、「俺は甘口が好きだ」なんてことは言えなかったわけです。「辛口=通」という図式があったんだと思います。

その時に私は思ったんです。お客さんの建前と本音は別にあるのだと。だったら、自分の自信作が辛口じゃなくても売れるお酒を造ることはできる。極端な話、辛口とラベルにあって中身が甘口でもアリなんだ、お客さんは納得するんだと思いました。

新聞紙で巻いたような包装紙に「本物の辛口」を謳うことにして、「味わいが深い芳醇ななかに、キレがある、これこそが、お米を完全に発酵させた、日本酒の本来の味わい。これが私たちの考える辛口です」という文面とともに、「蔵元の隠し酒」というネーミングで発売することにしました。

一応、辛口と謳っていますから日本酒ビギナーというより、ある程度、飲みなれた人がターゲットですが、リーズナブルな価格設定です。

写真提供=渡辺酒造店
秘蔵感を演出した渡辺酒造店の「蔵元の隠し酒」