迷路で粘菌が見せた「知性」
2008年に中垣氏らは、イグ・ノーベル賞で「認知科学賞」を贈られた。これは、迷路を使って粘菌の知性を探究した成果を評価された結果だ。
「最初に4センチ四方ほどの粘菌の変形体を、迷路全体にまんべんなく広がるようにセットしました。次に、迷路の入口と出口の2カ所だけに餌を置きました。その結果、何が起こったか。粘菌はまず、行き止まりとなっている経路から後退していきました。続いて餌のある入口と出口をつなぐ経路すべてに、いったんは管を残しました。ところがその次には驚くべきことに、管の中で遠回りとなる経路にある管が、やせ細って切れてなくなったのです」
結果的に、迷路内でも入口と出口を結ぶ最短距離の経路に残った管が太くなり、粘菌の塊は餌のある入口と出口に集中した。両端を管でつないで変形体としての一体感は維持しながら、餌のある場所、つまり入口と出口に本体を集中させる。しかも塊をつなぐ太い管は、しばしば迷路内の最短距離を通る。
「生存のために適した行動」を取った
一連の粘菌の動きは、極めて合理的と言えるだろう。だから粘菌の行動の背景には何らかの法則性がある、と中垣氏は考えた。
「迷路という複雑な状況の中で、生存のために適した行動を粘菌は取りました。おそらくこれは脳や神経系の有無にかかわらず、あらゆる生き物が持っている基本的な知能と呼ぶべき能力の一端であり、究極的には物理法則に還元できる全生物共通の基盤だと考えられます。
たとえば人に当てはめれば、野球で外野手がフライボールを追いかけてキャッチするとき、選手がいちいちボールの弾道計算などしているはずもありません。選手は、ただボールを見上げる角度が一定になるよう走っているのであり、これは浮遊物を捕獲するために備わったアルゴリズムの一種と考えられます。同じような浮遊物捕獲アルゴリズムは、犬やアブなど他の生物も持っているようです。だからフライをキャッチするのと同様に、空中にある餌を捕まえられる。つまり人間と犬、そして昆虫とその姿形は大きく異なっても、何らかの基本設計を共有していると思われます」