予想以上の精神的ダメージ
山崎は、2月6日と7日の2日間にわたる患者の搬送に加え、船内での支援活動にも8日から9日の1泊2日で参加していた。船内では薬剤班のリーダーとして、2000人もの乗客が求める常用薬を仕分けして、一人一人届けるという重大ミッションの初動を担った。
この経験は山崎に、予想以上の精神的ダメージを与えていた。
「まだわからないことが多かったウイルスに対するこわさも、もちろんある。でも、えたいの知れない新型ウイルスと闘っているということよりも、それ以外のことのほうがつらかった。微生物学的な闘いよりも、社会的、心理的な闘いのほうが、何倍もきつかった」
社会的、心理的な闘い──。それはどういうことなのか。
薬剤班として完全徹夜の作業を終え、疲れきって船を下りた山崎たちを待ち受けていたのは、薬が届かない現状を、メディアを通じて訴える乗客の不安といらだち。それに、乗客の求めにこたえてすばやく薬を届けられないことへの非難──。
否定的な報道の嵐であった。
「いまだに薬が届けられていません!」
「積み込んだ薬はいったいどうなっているんでしょうか?」
「何をやっているのか。早く配布しろ」
「できないとはなにごとか」
「論外だ。ここは先進国なのか」
「アメリカ政府も批判しています」
こうした批判の声も、おそらく支援活動に携わった個々人を攻撃するつもりはなかっただろう。しかし、山崎は、メディアを通じて聞こえてくる非難が、すべて自分に向けられているかのような錯覚にとらわれた。当時の船内の現場を知れば、どう見ても「負け戦」にならざるをえない状況とわかる。冷静に考えて、あの状況で即座にすべての問題解消などできるはずがない。それなのに──。
「なんで俺が、ワイドショーに非難されなきゃいけないんだ」
一睡もせず、薬やリクエストフォームの山と必死で格闘して、それでもやり玉に挙げられる。しかも、日本だけでなく世界各国から厳しい目を向けられる。
「俺は世界中の、70億人から非難されているんじゃないか」
そんな恐怖感を拭えなかった。
地震や台風被害といった従来の「災害」では、DMATはいわば「窮地を救ってくれる英雄」的な受け止め方をされることが常である。今回も困っている人たちを支援する活動に変わりはないのに、この逆風はどういうことなのか。
予想外の「追い打ち」
追い打ちをかけたのが、神戸大学教授の岩田健太郎が2月18日にYouTubeに公開した「告発動画」だった(のち20日になって削除)。
ダイヤモンド・プリンセス号船内の感染管理の杜撰さを指摘したこの動画は瞬く間に拡散し、広く知られるところとなったが、実は、岩田自身は動画のなかで、決してDMATそのものを糾弾していたわけではなかった。むしろこんな気遣いも見せていた。
「DMATの人を責める気持ちはさらさらなくて、(中略)それは専門領域の違いでしかない。(中略)リスク下に置かれ、防ぐチャンスを奪い取られてしまっているという状況です」
ただ、それは、感染対策の甘さをストレートに訴える内容のインパクトにかき消されるように、ほとんど伝わらなかった。むしろ影響が大きかったのは、以下の部分かもしれない。
「彼らも医療従事者ですから、帰ったら自分たちの病院で仕事をするわけで、そこから院内感染が広がってしまうわけです。これはもう大変なことで──」
山崎も含め支援に参加した当事者自身が、まさに気にかけていたことでもあった。しかし、医療関係者の間で名の知れた感染症の専門家が、実際に現場に足を踏み入れて、「アフリカや中国に比べてもまったくひどい感染対策だと思いました」と断じたことは、ダイヤモンド・プリンセスの支援に医師や看護師を派遣した病院をはじめ、国内の幅広い医療関係者に、大きな波紋を広げた。