救急医が発見した「酸素飽和度」という指標
自衛隊中央病院は、15日から受け入れた多くの感染者に胸部のCT撮影をしていた。一般患者と動線を分けるために使った救急の入り口付近に、たまたまCT検査室があったという事情もある。その結果、これといった自覚症状はなく、見た目には元気そうでも、実は肺炎が進んでいる例が少なくないとわかってきた。
当時はまだ、新型コロナウイルス感染症の臨床経過は不明なことが多く、貴重な情報だった。すぐにでも実戦に活用しない手はない。岩田に事情を説明し、山崎は提案した。
「酸素飽和度を測って、悪くなりそうな人を見分ける指標に使ったらいいんじゃないか」
船内や岡崎医療センターで画像検査はできないが、酸素飽和度ならどこでも簡単に測れる。指先に挟むだけの小型の医療機器・パルスオキシメーターを使えば、動脈中に流れる血液の酸素濃度を推定でき、肺の機能がどの程度か調べられる。数値が93以下だと呼吸不全の疑いがあると判断できるのだ。
「決めちゃいましょう、岩田先生。岡崎に着いたら全員、サチュレーション(酸素飽和度)を測って94より下だったら、目立った症状がなかったとしても問答無用で病院に送るってことで」
山崎は、岩田と現場同士の判断でそう決めた。そこは救急医ならではのあうんの呼吸だった。ことは急を要する。とにかく、できることからやるしかないのだ。
「何をしても悪くとられる…」
第一陣が到着した19日未明、岩田は酸素飽和度94%を下回った4人は、見た目に元気そうでも病院へ回した。一人は酸素飽和度70%だったが、まったく自覚症状はなかった。転院先での画像検査で、全員の肺炎が確認された。
「何もせずにそのまま宿泊施設に入れていたら、朝までに急激に悪化して、手遅れになって助けられなかった人もいたかもしれない」
山崎は胸をなでおろした。
ところが、それがのちに「無症状が条件だったのに重症患者を紛れ込ませた」などと、一部でネガティブな受け取り方をされることになる。
「いいことをしたのかよくないことをしたのかわからない。何をしても悪くとられてしまう。仕方ないけど、やるせない」
そんなことを思いながら、山崎は活動を続けた。
(後編に続く)