その際、主観的なキャラクターとは、「演奏者の感性によってとらえ方が変化しうる」ものだと指摘しましたが、ここで「音響技術者の仕事がきわめて主観的なものでもある」といっているのは、まさにそのような意味においてです。

人間の感覚や感性そのものが本来、主観的であることから、音響技術者のセンスもまた、主観的にならざるを得ないのです。

目指すは、聴き心地と居心地の良さ

音響技術者の仕事は、比較的最近になって確立した職業です。

音響設計に関する本格的な研究は、20世紀の初め頃にはじまったといえますが、特に、音響学の専門家で、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授でもあったレオ・ベラネック(1914~2016)の功績が大きく、1954年の著書『Acoustics(音響学)』はこの分野におけるバイブルの一つとされています。

室内音響学は、建築工学とデザイン科学のあいだに位置する学問領域といえます。

コンサートホールに関しては、ステージと客席が向かい合う従来の構造から、ステージを客席が取り囲むタイプが登場したことで、聴衆がオーケストラの中にいるような感覚を味わえるなど、コンサートの楽しみ方が広がりました。そのようなホールの構造を前提にして、作曲・演奏される楽曲も増えています。

音響技術者の目指すところは、聴衆と演奏家(作曲家や指揮者も含む)の双方にとって聴き心地と居心地の良さを実現することにあるのです。

カーネギーホール改装事件…音響技術者の仕事の難しさ

さて、「聴衆と演奏家の双方にとって聴き心地と居心地の良さを実現する」音響技術者の仕事について詳しくお話しする前に、その難しさを象徴するエピソードを紹介しておきましょう。

音響学の世界ではつとに有名な「カーネギーホール改装事件」です。

カーネギーホールはご存じのとおり、ニューヨークを代表するシンボルの一つにもなっている名ホールで、建築家ウィリアム・タットヒル(1855~1929)によって設計され、1891年5月5日に落成を迎えました。

カーネギーホール(写真=Own work/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

初演にはピョートル・チャイコフスキー(1840~1893)自らが演奏し、以降、モーリス・ラヴェル、ジュディー・ガーランド、エディット・ピアフ、ウラディミール・ホロヴィッツ、ユーディ・メニューイン、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、アイザック・スターン、デューク・エリントン、レイ・チャールズ、マイルス・デイヴィス、ビートルズ……などなど錚々そうそうたる面々がステージに立ち続けてきた伝説のホールです。