カーネギーホールがこれほどの名声を得た理由は、その豊かな音響にありました。しかし、1986年5月、5000万ドル(当時のレートで約84億円)もの資金をかけた大規模改装のために、30週間にわたって聴衆に対して扉を閉めたところから、悲劇が始まります。

同年12月、ホールの扉をふたたび開いた夜の演奏会で、その衝撃の事実が発覚しました。なんと、あの素晴らしい音響がひどく劣化していたのです!

名音響は蘇ったけれど……

それは、アメリカン・バレエ・シアター・オーケストラの首席チェロ奏者だったジョナサン・スピッツが「スキャンダルだ!」とまで表現したほどの変わりようでした。改装以前のホールでも演奏経験のある彼によれば、改装後の音は「奥行きがなくなってボヤけている」というのです。

フランソワ・デュボワ『楽器の科学 美しい音色を生み出す「構造」と「しくみ」』(講談社ブルーバックス)
フランソワ・デュボワ『楽器の科学 美しい音色を生み出す「構造」と「しくみ」』(講談社ブルーバックス)

いったい何が起きたのか?――幾度かの否定を経て、ようやくホール側も重い腰を上げ、音質劣化の原因調査に乗り出しました。改装前の音響を取り戻すための試みの一環として、おもに高い周波数の音を吸収する目的で壁面にパネルを設置したところ、いくらかマシになったようですが、相変わらず以前の名音響にはほど遠いレベルでした。

大改装から9年が経過した1995年、意外なところから事態が動きます。変形してしまったステージを修復するために床板をがしてみたところ、驚いたことに2層の異なる木材の下からコンクリート層が出てきたのです。このコンクリート層を取り壊してステージを作り直してみると……、見事に以前の音響が蘇ったのでした!

ところが、この話にはまだ続きがあります。

「コンクリート層を壊したことで、かつての名音響が蘇る!」――各新聞がセンセーショナルに書き立てたのに対し、音響学の泰斗であるレオ・ベラネックは、「ステージ下のコンクリート層は、1962年にはすでに存在していた」と証言したのです。それはすなわち、悪名高き大改装の前から問題のコンクリート層はそこにあった、ということでした。

コンサートホールに“魔物”がすんでいる

結局のところ、何がどうなって以前の名音響に戻ったのか、明確な説明がつかないまま今日にいたっています。

この逸話だけでも、コンサートホールをめぐる音響科学の複雑さと実地検証の難しさがおわかりいただけるのではないかと思います。たとえプロでも手を焼いてしまう、そんな“魔物”がんでいるのが、音響技術者たちが格闘する世界なのです。

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