音響技術者の知られざる仕事

「優れた音響空間」作りを担当する音響の専門家のことを「音響技術者(音響コンサルタント)」とよびます。

音響技術者は、建物としてのホールそのものを設計する建築家とタッグを組んでホールの設計・建設にあたります。さらに、壁面の音響効果に精通した内装の専門家を加えた三者からなるチームによって、コンサートホールは設計段階から緻密に作り込まれていきます。

カーネギーホール
カーネギーホール(写真=Photo by Chris Lee/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

音響技術者の仕事は、のちほど詳しく説明する残響時間や吸音率といった客観的なデータや物理法則に基づく一方、経験則にも大いにるところがあり、きわめて主観的なものでもあります。「客観的でもあり、主観的でもある」とはどういうことでしょうか。

味覚の世界を例に、イメージを膨らませてみましょう。

たとえば、2種類の偉大なワインがあったとします。いずれも歴史があり、長く評価され続けている。そのどちらがより優れているかと訊ねられても、人それぞれに好みが分かれたり、あるいは甲乙つけがたいと評価されたり、結論を得ることはできないでしょう。おそらく、両者は「味が異なる」が、「どちらも優れている」と判断するしかないはずです。これが主観の部分です。

けれども、ワインの性質にも、客観的に評価できる部分があります。たとえば、どんな品種のブドウを使っているかとか、タンニンの量や熟成期間はどれくらいかといったものです。同じ品種のブドウでも、「ある地域の特定の土壌で育ったものにはこんな特徴がある」といった経験的な知識も蓄積されているでしょう。

音響技術者の「審美眼」

音響についても、同様のことがいえます。

コンサートホールのサイズや形状、使われる天井や壁の材質などの客観的条件だけにとどまらない、演奏家や聴衆の好みによって左右される部分が存在します。

音響技術者の主観とは、それら演奏家や聴衆の好みを経験的に把握しつつ、音響技術者自身の評価基準(それは審美眼、あるいはセンスといってもいいかもしれません)を加えたものです。

このような評価の仕方は、音楽のみならず、文化一般についてもあてはまります。文芸であれ絵画であれ彫刻であれ、あるいは生活様式や作法一般にいたるまで、「A国の文化に比べてB国の文化のほうが優れている」などという絶対的な線引きは存在せず、両者はたんに「異なっている」だけなのです。

本書では、楽器の音色や音の密度、音の伸び方に関して、共鳴胴の容積や形、材質によって変化し、これら各要素の一つ一つが集まって、楽器の音質やサウンドプロジェクション(音響の質)に主観的なキャラクターを与えている、という話をしてきました。