シリコンバレーで働く友人の8割はレイオフを経験

東京のとあるホテルで開かれていた従姉妹の結婚式に、当時の夫と出席していた時のこと。式の最中、テーブルについている私たちに向けて、見てはいけないものを盗み見するような、妙な視線が注がれているのに気がついた。

式が終わった後、親戚の一人が私に小声でこそっと、こうささやく。

「旦那さん、思ったより元気だね」

この一言で、私が感じていた妙な視線の意味が分かった。

その結婚式の数カ月前、アメリカ人のエンジニアである元夫は、勤めていたシリコンバレーの会社からレイオフされていた。

レイオフというのは、日本語では一時解雇と訳されることもあるようだが、会社の業績が悪くなった時や会社の合併などに伴い、複数の社員を一斉に半永久的に解雇することだ。

レイオフはほとんどのシリコンバレーの会社では、なんの前触れもなく起こる。朝、会社に行ってみると、入り口にいつもはいない警備員が立っていて、レイオフされることになった社員には、「今日であなたたちの仕事は終わりだから、パソコンなど会社の持ち物は全て会社に置いて、自分の持ち物だけ持って帰ってください」と突然会社の幹部から告げられる。

極めて唐突な解雇方法だ。見慣れない警備員は、会社の持ち物を持ち帰らないように、やけを起こして会社のものを壊さないように、配置されているのだ。

こう書くと、「シリコンバレーってなんてシビアなところ……」と思われるかもしれないが、とはいえこれは日常茶飯事なのだ。シリコンバレーで働く私の友人の8割ぐらいが少なくとも1回はレイオフを経験している。元夫は2回、かくいう私も一度経験している。

私の場合は、勤めていた会社が買収され、買収元と被ってしまう人員、特に経理部門とマーケティング部門が引き継ぎに必要な一名ずつを残して全員即日解雇された。一緒に解雇された上司が、私を気遣ってか、

「直子、会社都合なんだし、直子の経歴には全く傷がつかないから、恥ずかしいと思うことないよ」

と優しく言ってくれたことを覚えている。実際私と一緒に解雇されたその上司や同僚もその後、起業したり、もっと大きな会社に採用されたりして、レイオフ後もなんら困ることなく、それどころか以前よりも成功している人が多い。

解雇された。さあ旅に出よう!

シリコンバレーの住人の多くはレイオフされると、今までできなかったことができるちょうどいい機会だと考える。

「ちょうどいい。次の仕事を探す前に、旅行に出かけよう」
「ちょうどいい。学校に戻って、前から学びたかったことを勉強しよう」
「ちょうどいい。起業しよう」

というふうに。

元夫も私も、元夫が解雇されたことをこれっぽっちも気にしていなかった。

「ちょうど従姉妹の結婚式が日本であるから、ついでに日本の国内を旅行しよう」

と私たちは、むしろワクワクしながら旅行計画を立てて結婚式に参加していたのだ。

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仕事があろうがなかろうが、自分は自分。自分の価値は1ミリも変わらない。旅行に行く。学校に行く。起業する。いろんなオプションがあって、それが当たり前。

いつも自分軸で考え、自分の心地よさ、そしてワークライフバランスを大切にしているシリコンバレーの住人は、仕事を突然失ったぐらいで、自己肯定感が下がるというようなことはない人が多い。「仕事=私の価値、私の存在意義」ではないのだ。

「仕事なんかいくらでも見つかる、必要であれば自分で会社を始めればいい」ぐらいに思っている。「仕事があるかないか」「どんな会社に勤めているか」など、いわゆる自分の「持ち物」以前に、自分を「存在レベル」で肯定できる。

こんなふうに、自己肯定感の高い人たちが多くいることが、シリコンバレーで次から次へと新しいサービスや製品が生み出されていく秘密の1つだ。

二度もレイオフされた元夫も、その後私と一緒に起業、会社売却、そして今では世界を代表するシリコンバレーの大企業で最先端の製品作りに取り組んでいる。