「1年だけ? もっと繰り下げたいのに」と思うかもしれません。「75歳までで年金が84%アップ」と喧伝されていますから、確かに物足りないでしょう。

しかし、60歳からの5年間は現役時代よりも多様性の度合いが進みます。そして、65歳到達時点の自分や家族の姿は、体力や気力、家族の健康、暮らしぶりなど、40歳50歳の働き盛りの自分からは想像もできません。それでも「65歳まで働き切る」戦略で60歳代前半を乗り切り、65歳到達時点で、「あと1年間は年金なしで暮らせる」と思えるよう、今から準備を整えておくのです。

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「70歳まで繰り下げ」より「1年繰り下げ」の準備を

2021年4月より、事業主は従業員に対して、「70歳までの就業機会確保」の努力義務を負うことになりました。しかし、漠然と「70歳まで働けるようになるから、年金は70歳まで繰り下げできる」と考えるのは危険です。必ずしも自分が望むような処遇が得られるとは限りませんし、体力の衰えなど、思うに任せないこともあるでしょう。

結果として、もっと繰り下げられるかもしれませんが、はるか遠くを見るのではなく、確実に1年繰り下げを手にするための準備に着手しましょう。

たとえば、60歳までの5~10年は家計をスリム化し、貯蓄のラストスパートをかけるとか、住宅ローンの完済年齢が60歳を超えているなら、60歳以降の返済額を減らすために一部繰り上げ返済をするなどです。

このように、60歳以降に収入が減っても貯蓄を取り崩さなくてすむよう、暮らしを少しずつ整えていきます。働かなくても1年分の生活費が確保できているという状態で65歳を迎えることができれば、辞めてもいいし、楽しく働ける環境にあれば働いてもいい、といった複数の選択肢を持つことができます。66歳以降は月単位で繰り下げができますから、そのときの健康状態や就労の状況によって、柔軟に判断していけばよいと思います。

一括受給には税金や保険料アップのリスク

「そんなに堅苦しく考えなくても、まとまったお金が必要になれば一括受給もできるし、できるだけ繰り下げしたほうがいいんじゃない」と考える人がいるかもしれません。

確かに、繰り下げするつもりで待機していたとしても、気が変われば、さかのぼって一括して受け取る選択肢はあります。

しかし、一括受給すると、待機していた過去の各年に収入があったとみなされます。すると各年の所得にかかる所得税が発生するだけでなく、納付期限が過ぎていることから、延滞税(※6)を払わなければならないケースもあります。さらに、一括して受け取った年金が各年の所得に振り分けられると、住民税や国民健康保険、介護保険の保険料の追納が発生する可能性もあるのです(※7)

繰り下げ受給するなら、地道に家計基盤を整えて、「そろそろ受け取ろうか」と思ったときに、受給を開始するのが王道だと思ってください。

※6 納期限の翌日から2月を経過する日の翌日以後については、年「14.6%」と「延滞税特例基準割合+7.3%」のいずれか低い割合
※7 国民健康保険と介護保険の保険料の納付は2年で時効