どうして少年は高認試験を受けようと思ったのか

私が指導していた少年院では3月に数学基礎講座があり、この講座は単に数学を勉強してみたいと希望する少年の体験授業の意味とともに、8月の高認試験のために開かれる6月の第1回高認試験対策講座の補習授業との位置づけでもあります。

髙橋一雄・瀬山士郎・村尾博司『僕に方程式を教えてください 少年院の数学教室』(集英社新書)

基礎講座参加者のほとんどが小学4年生レベルの学力ゆえ、6月の高認試験対策講座までの間、しっかりと復習をしていてくれと願うしかなく。そして、6月の講座を迎え、基礎講座のときは全体の中に埋もれた存在であった少年が、突然、ひとり目立つ存在になって現れたのです。

彼は講座の前半の授業内容では物足りなさがあったので、私から彼を個別指導に指名し、ふたりで話す機会を得ました。そのとき、聞いた話があまりにも印象的なものでしたので、彼のことを話したいと思います。

ふたりになり、まずは「しっかりと復習をしたんだね!」と努力を認めてから、どうして高認試験を受けようと思ったのかを聞いたと記憶しています。それに対して、彼はつぎのように話をしてくれました。

「少年院送りにした裁判官を後悔させてやる」

「自分は入院して1~2カ月間はとことん教官に反抗していたんです。自分を少年院送りにした裁判官を後悔させてやろうと、入院時はすごく荒れていました。そんな中でも先生(担当法務教官)は常に寄り添ってくれて、『何かやりたいことはないのか?』と聞かれ、『自分は中卒だから無理だと諦めている』と話すと、ここには高校卒業資格となる高認試験対策講座があるからそれを受けることを薦められ、騙されたと思って前回の講座を受けたんです。

これをきっかけに5月の連休(休日は通常の日課はありません)のとき、一度とことん勉強してみようと思い数学や英語を勉強したら、英語は英検2級レベルの問題が解けるようになり、それから勉強を続けたんです。将来は、美容の仕事がしたいので、それを勉強できる学校に行きたいと考えています」。

通常は講座終了後、少年が数学の試験に合格するか、またはその後すぐに出院してしまうと、私たちは彼らと会う機会は永遠にないに等しく、それゆえ出院後、彼らから連絡がない限り、その後の様子は一切分かりません。そんな中、『僕に方程式を教えてください 少年院の数学教室』の出版が決まった数日後、突然、この彼から1通のメールが届きました。