「『ノムラの考え』が示す通り、野球を掘り下げていろんな角度から見ていくと、野球の奥深さが分かり、いい結果を出すためのいろんな方法があることに興味が湧いてきます。『そんな見方もあるのか』『奥が深いなあ』と感じるはずです。だから野球は百年以上経っても、人の心を捉え、感動を与えるのです」

「真の難しさを体験して通過しない限り、本物や一流にはなれません。仕事は元来厳しいものです。血反吐を吐くほど心身を鍛え、いい結果を出すために苦悩し、そこからはい上がった者こそ本物の一流なのです。チームの鑑となり、人間味を感じる人間であって欲しいものです。努力らしい努力をせず、天性だけでいい成績を残している選手なんて、魅力もないし、チームにとっても有り難くありません」

人間が最低限、持っていなければならない3つの要素

野村は熱っぽく語りかけた。猛練習を経て、夕食を終えた後である。ナインには睡魔が忍び寄るのが自然だろう。しかし誰もが前のめりで聞き入り、配られたA4のレジュメへと必死にメモしていった。学校の先生とはひと味違う講義だった。

極貧の少年時代を経て、テスト生で南海に入団し、球界のトップにまで上り詰めた男の実体験に基づく言葉なのだ。説得力は段違いだった。長年テレビ解説者を務めてきただけあって、話術も巧みだった。

加藤弘士『砂まみれの名将 野村克也の1140日』(新潮社)

テーマは主に人間学だった。

謙虚とは何か?

「相手より常に一段低いところに自分の身を置くことである」

人間が最低限、持っていなければならない3つの要素とは何か?

「節度を持て」
「他人の痛みを知れ」
「問題意識を持て」

19日間の合宿を終えた頃、野村とナインの間には徐々に一体感が醸成されていった。

戦いへの準備は、整いつつあった。

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