マスコミは安倍氏の華やかな首脳外交「安倍外交」と持ち上げる一方、その成果を厳密に検証することはなく、国民には「やってる感」ばかりが伝わった。

安倍首相が権力を私物化していると指摘された森友学園事件や桜を見る会問題などで世論の批判を浴びながらも長期政権を維持した大きな要因のひとつは「安倍外交」の演出に成功したことだろう。

しかしそれが単なる「演出」に過ぎなかったことが今、ロシア軍のウクライナ侵攻で明らかになりつつある。

仲裁ではなく核共有論に言及

安倍政権は2020年秋に退陣した。今井・北村両氏は政権中枢を離れ、岸田政権では外務省主導の外交に立ち返った。安倍氏と地元・山口で長年の政敵である林芳正氏を外相に抜擢したことは、安倍氏の影響力低下を裏付けている。

外務省にとって安倍最側近の今井・北村両氏がロシア外交を牛耳った日々はまさに「悪夢」だった。あの時代には決して戻りたくはない――。林外相をはじめ外務省から安倍氏をロシアへ派遣するという構想がみじんも出てこないのはそうした事情による。

先述の通り、安倍氏は岸田政権で非主流派に転落した菅義偉前首相とも連携し、岸田政権を揺さぶり始めた。ウクライナ情勢の緊迫に乗じ非核三原則見直しを提起したのは、被爆地・広島を地元とし、ハト派宏池会を率いる岸田首相への強烈な牽制だ。

日本が非核三原則を見直して国内に核兵器を配備することは、米ロ英仏中5カ国以外への核兵器拡散を防止する「核拡散防止条約(NPT)」体制を根本から揺るがすものであり、国際社会が認めるはずがない。北朝鮮の核開発を強く批判してきた日本外交の自己否定でもある。安倍氏がそれを承知で議論を提起したのは岸田首相や林外相を揺さぶる政局的思惑の側面が強いだろう。

つまり、ロシアのウクライナ侵攻という国際秩序を揺るがす重大局面において安倍氏が優先しているのは、欧米とロシアを仲裁する「外交」ではない。岸田政権を揺さぶるという極めて内向きな「政局」である。それが「外交の安倍」の実像だ。

外交は、政権基盤を強化するための手段

首相在任中、安倍氏はプーチン大統領と個人的な信頼関係を築いてきたと主張してきたが、現時点で全く役に立っていない。これは「安倍外交」の本質が、国内的動機や国内向けの実績を喧伝する手段に過ぎなかったことの証左といえるだろう。

仲裁を買って出るわけでもなく、国際社会からは隔絶した「核共有」論を声高に主張する元首相の姿は、7年以上に及んだ安倍外交の“真価”を端的に示している。