「設定されたキャラから外れるな」という圧力

「らしくない」というのは、ある時期から日本社会で頻用されるようになった言葉です。それは「らしくしていろ」という遂行的な命令を同時に発令している。「設定されたキャラ通りの対応をしろ」「身の程を知れ」「身の丈から出るな」ということを子どもたちが互いに言い合っている。勝手にキャラを変えるな。1人がキャラを変えると、みんなが迷惑する、と。

たしかにそうなんです。記号体系の中では、一つの記号が決められた意味と違うふるまいをし始めると、記号体系全体に影響が出る。1人が変わると全部が変わる。だから「設定されたキャラから外れるな」という圧力が強まる。

日々変化する思春期には必ず無理が出て来る

でも、思春期って、どんどん変化する時期です。それまでそんなものが自分の中にあると知らなかった、見知らぬ感情や思念が湧き上がってくる。攻撃性とか、邪悪さとか、歪んだ性的欲望とか、じゃんじゃん出て来る。

そういうものが12歳時点で設定されたキャラに収まるわけがない。でも、一度決められたキャラについては、マイナーチェンジしか許されない。おとなしい優等生キャラの子がボンクラ不良少年になるとか、「たいこもちキャラ」だった子が「へそまがりキャラ」に変わるとかいうような大がかりな仕様変更は許されない。

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そうすると、やっぱり無理が出て来るわけですよね。毎朝学校に行って、自分ではない役割を演じることが鬱陶しくなってくる。学校に行っても、そこにいるのは自分じゃない。たしかに自分の一部分ではあるのだけれども、それ以外の日々変化している部分は「キャラ認定」されない。

みんなが聴いていない音楽を聴いたり、みんなが読んでいない本を読んだり、みんなが観ていない映画を観たりした場合に、それを共通の話題にすることができない。そういう話題を振っても「らしくない」と却下されるリスクが高い。