脱皮して変化することは不利益にならない

その時期の子どもたちは変化する途中、昆虫なら脱皮してゆく途中にいるわけです。脱皮してゆく途中って、かなり中途半端な生き物です。幼児であるような、すでに青年でもあるような、中途半端な生き物になっている。そういう時に、「自分らしく生きろ」と言って、単一の、すっきりしたキャラクターを演じることを強要するのはずいぶん残酷なことだと思うんです。いいじゃないですか、あるがままで。

内田樹『複雑化の教育論』(東洋館出版社)
内田樹『複雑化の教育論』(東洋館出版社)

だって、放っておけば、必ず変化するわけですから。カニが殻を破るように、脱皮した瞬間って、ふにゃふにゃなんです。身を護る殻が一時的になくなるんですから、すごく傷つきやすい状態にいる。わずかな刺激で傷ついて、血が流れる。だから、子どもたちにとって連続的に脱皮をするというのは、ものすごくリスキーなことなんです。

そのためには周囲の支援が必要なんです。殻を脱いで、剥き出しの裸になっている時に、「決して傷つけない」という保証をしてあげないといけない。「あなたがいくら無防備状態になった時でも、誰もあなたを傷つけない」という保証をして、「脱皮して変化することはあなたにとって不利益にならない」ということを納得させる必要がある。

教員が日本社会の常識に異議を唱える

アメリカでは刑事事件で犯人を逮捕した時にまっさきに「あなたには黙秘権がある。あなたの供述は法廷であなたに不利な証拠として用いられることがある」というミランダ条項を読み上げますけれど、それと同じです。子どもたちに向かって教師が告げるべき最初の言葉は「あなたには成熟し、複雑化する権利がある。あなたが自分の殻を破って、傷つきやすい状態になった時にも私はあなたを傷つけないし、あなたを傷つけようとするものからあなたを守るために最善を尽くす」であると僕は思います。

だから、全国の教員の方たちが一致団結して、子どもたちがより複雑なものに成長してゆくプロセスを支援しようということについて意思一致して頂きたいわけです。これは結構大変なことなんですよね。だって、いままで日本社会で常識とされていることに対して異議を唱えるわけですから。例えば、「話を簡単にしよう」という人に対して、「いや、ちょっと待ってください。話を簡単にするのはちょっとご勘弁して頂きたい。それよりは、話をもう少し複雑にしてよろしいでしょうか?」と切り返すわけですからね。

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