移動スケジュールを記憶し、上客を常連に

Hはタクシーを流しながら、そういう洗濯物の干してある家がいくつもあることを経験的に知っていた。会社にもよるが、そんな重役は、基本的に日曜の夜から月曜の夜にかけて上京する。そして、木曜の夜から土曜の朝にかけて羽田に向かう。週のうち1日は、地元の会社の会議に出るため、金曜か月曜のどちらかは東京の家が不在になる。

そういう人たちは、秘書が飛行機の切符を予約するので、毎週同じ時間に出発する同じ便で東京─地元を往復する。Hは会社に入ってくる無線をチェックしながら、どの家の住人が、何曜日の何時にタクシー会社に電話を入れるのかを覚えていった。Hは会社に電話が入る時間に、ロングの客の家のそばにいればよい。自動的に、会社はHを迎車に向かわせる。

片道1時間の行程である。客と話しているうちに、羽田には翌週・何曜日の何時の飛行機で上京するのかがわかってくる。

タクシーは本来、羽田では「タクシーの付け場」で待機しなくてはならない。客とHは違法かもしれないが、「送り客」のタクシーの付け場付近で待ち合わせをする。客のほうは自宅がわかっている運転手が迎えに来てくれれば、自宅を説明する手間が要らないし、何より気安い。Hはロングの客が拾える。

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前の事業で大失敗した彼は“天職”を見つけた

Hはそうやって、ロングの客を増やしていった。流しだと嫌な思いをする客も拾わなければならないが、もうそんな必要はない。飲んでへべれけになっている客も相手にしない。かくして、タクシーの運転手はHの“天職”になっていったのである。

私は普段、高速バスで羽田に行くが、背に腹は代えられない時にタクシーに乗る。それでHと知り合った。彼は事業に失敗して大きな借金をつくり、タクシーの運転手になったという。前の仕事はHに合っていなかったのだろう。何をやっても成功する素質はないのである。

彼と話しながら、生まれ持った素質と仕事が合っているということは、こういうことなのだなあ、と思う。

Hの素質は観察眼、つまり「見抜く力」である。物干しにある洗濯物の違和感に「あれっ」と気づき、洗濯物と優良企業の重役を結び付ける目を、Hは持っていたということになる。

ビジネスチャンスのヒントは「見た目」の情報にあったわけだ。そして、その情報はすべての人に平等に開かれている。