恋と冒険に彩られた豊かな人生
カサノヴァは政府から直接の指令を受けていたのかどうかは不明ながら、各地の景観(地形や産業)や政情、重要人物の観察や宮廷の噂話を手紙で祖国の知人に書き送っており、実質的にはヴェネチアの有能なスパイでもありました。その功を認められたのか、晩年は帰国を許されました。
ただ、それではカサノヴァは愛国者だったのかといえば、そうとも言えず、スパイ行為になるような外国情報の手紙は、ヴェネチアだけでなく他国へも送っていました。
ロシア宮廷での見聞をプロイセンに伝え、プロイセンの情勢をフランスに伝える。それらの通信は公的な文書ではなく、あくまで私信ですが、相手の大貴族や貴婦人が、政府高官や王の愛人であるからには、国家執政部に直達の通信でした。
能力が高かった割に、カサノヴァは「これは」という業績を残しませんでした。しかし恋と冒険に彩られた彼の人生は、誰より楽しく豊かなものだったでしょう。無論、それを楽しめるだけの才知があればこそでしたが。
伝記文学で知られるツヴァイクは、カサノヴァを図々しく一生を終わっただけでなく、しゃあしゃあと不滅の人物に仲間入りしてしまったと書く一方、男として最も羨ましい人生とも述べています。