老化細胞が分泌する炎症性タンパク質が疾患の原因

細胞老化のカギを握っているのが“P53”という遺伝子です。その一方で、“ゲノムの守護神”との異名を持っており、損傷したDNAの修復や細胞分裂の調整などにも携わっているという特異な遺伝子なのです。

傷ついたDNAを修復する一方で、修復できないほどにDNAがダメージを受けた場合には、細胞の老化をうながし、老化細胞として排除する。まさにゲノムの守護神、正常な細胞を守る司令塔といえるでしょう。

このゲノムの守護神を特定の期間、活性化させることで、細胞を均一に老化させるという方法を私たちは開発したわけです。この人工的な老化細胞があったからこそ、老化細胞を延命させる特定物質、GLS-1を見つけ出すことに成功したといえます。

老化細胞は、もう細胞分裂はしないため増殖はしませんが、SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype=細胞老化関連分泌現象)を起こして炎症性タンパク質を分泌します。このSASPによって臓器や組織に引き起こされた慢性炎症が、加齢性の疾患の原因となってしまうのです。

たとえば、脳の神経細胞での慢性炎症はアルツハイマー病などの認知症の原因のひとつとなります。目の組織においては緑内障や白内障などの加齢性の眼病の原因となり、あるいは血管の老化は動脈硬化のリスクを高めます。

老化細胞にはがんを防ぐ機能もある

そのほかにも、呼吸器系の臓器においては心不全や心筋梗塞の原因となったり、肺の線維化が進んで弾力性を失い機能低下につながったりします。あるいは、血中のインスリンに対する感受性が低くなることで血糖値のコントロールがうまくいかなくなり、糖尿病のリスクも高くなります。

さらには、加齢によって筋肉量が減少して筋力が低下する、いわゆるサルコペニアの症状も一部は老化細胞のSASPによって進行すると考えられます。加えて、このSASPによって分泌される炎症性タンパク質は、細胞の遺伝子自身をも傷つけてしまい、細胞組織を“がん化”させてしまうということもわかっています。つまり、正常な遺伝子を傷つけることで、異常な“がん細胞”を誘発してしまうのです。

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老化だけでなくがんリスクも高めると聞くと、心中穏やかではいられないという方も多いと思います。とはいえ、人間の体というのは非常に複雑なプログラムで成り立っており、老化細胞には完全にマイナスの面しかないかというと、そうとも言い切れないのです。

というのも、老化細胞は、異常な増殖を繰り返すがん細胞を、その周囲の細胞とともに老化させて、増殖を抑え込むという役割も果たしているからです。繰り返しになりますが、老化細胞はもう細胞分裂しません。増殖しない細胞です。がん細胞を老化させることによって、その異常増殖を防ぐ、つまりがんを防ぐことが老化細胞のプログラムのひとつであると考えられるのです。