心の傷と向き合うためには、息の長い支援が必要

山本さんは、さまざまな当事者とつながり、話を聞く中で、見えない心の傷と向き合い、前に進むためには、息の長い支援が必要だと感じてきた。

大藪謙介・間野まりえ『児童養護施設 施設長 殺害事件』(中公新書ラクレ)

「トラウマのメンタルケアや治療は、完全に治るというわけではなくて、物事の捉え方とか、感情のコントロールが少しずつ上手にできるようになっていく、向き合い方を学ぶということなんです。本人たちのつらさや苦しみが完全に消えるということは難しいと思いますが、少しでも生きづらさを軽減してきちんと前を向いて歩いていけるようにするという視点が必要なのかなと思っています」

ただ、こうした心の傷は、必ずしも医療的なケアだけで癒やされるわけではない。まわりの大人のささいな行動の積み重ねが、子どもの心を癒やすこともあると言う。

「生まれてきてよかった」と感じられるようになった

「私自身も、施設を出てから自分の生い立ちを受け止めるのがとても辛くて、一人で考え込んでマイナス思考に陥っていたこともありました。でも、施設の先生やボランティアの方が寄り添い続けてくれて、親から愛されなくても、まわりに大事にされて、たくさんの人に愛されているということを実感する中で、自分が生まれてきてよかったと感じることができた。専門的ケアも必要ですが、誰かに気にかけてもらえたり、愛情をたくさん伝えてもらえたり、そういうことが大切なのではないかなと感じています」

山本さんのように、当事者の声を届けようという取り組みは徐々に広がっているが、それを国や自治体側がどういかしていくのかがこれからの大きな課題だ。社会的養護下にある子どもたちや施設を退所した社会的養護出身者に関わる取り組みの方針を示す「社会的養育推進計画」の策定などに、当事者が関わっている自治体は2020年の時点で半数にとどまっている。子どもたちや社会的養護出身者の声に耳を傾け、取り組みを改善し、発展させていく、その絶え間ないプロセスが、今まさに求められているのだ。

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