※本稿は、大藪謙介・間野まりえ『児童養護施設 施設長 殺害事件』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
カードローンで400万円を超える借金
18歳での施設からの退所は、衣食住をさまざまなスタッフに支えられていた暮らしから、ある日を境に、自分一人で日常生活を切り盛りしなければならなくなることを意味する。家庭からの独り立ち。それは誰しもが人生で一度は経験する壁でもある。しかし身近に頼れる存在がいなかったとしたら、それはより高い壁となって立ちはだかることになる。
次に記すのは、退所後の相談支援に特化した、アフターケア相談所「ゆずりは」の高橋亜美さんが以前、支援にあたった事例だ。生活になくてはならないお金にまつわる問題である。
その女性(当時22歳)は、18歳で就職とともに児童養護施設を退所。
2年後、成人した女性はクレジットカードを持ったことがきっかけで思わぬ事態に直面していく。初めて手にしたカードは、経済的に恵まれて育ってきたとは到底言えない女性にとって打ち出の小槌のように思えたという。
金遣いが荒くなり、精神的な弱さもあいまって徐々にエステの利用や絵画の購入などの勧誘を断りきれなくなった。女性はそのたびに多額のカードローンを組んでしまう。借金は雪だるま式に膨れ上がり、400万円を超えていった。そのことをつまびらかに相談できる相手がいない中で、高金利のローンを支払い続けていたのである。
「施設には迷惑をかけられない」と抱え込む
もっとも、出身の児童養護施設との関係は良好だったと語る女性。
しかし借金をこしらえてしまったことの後ろめたさゆえに、“世話になった施設には迷惑をかけられない”という思いが先行し、この事実を言い出せなかった。
女性はインターネットで児童養護施設退所者の借金問題を検索している中で「ゆずりは」の支援活動を見つけ、高橋さんのところへ連絡してきたという。
そして高橋さんたちはすぐに女性と面会。弁護士の力を借り、女性の自己破産手続きを行った。
頼れる人もおらず、十分な貯蓄もなく、学歴等が壁となり就職先も限定されてしまう。
私たちの取材でも、安定した暮らしを下支えするために必要な経済的な余裕を持てないという悩みを元入所者から聞くことは多かった。
高橋さんは、そうした環境の中で、施設を出た子どもたちは次第に追い詰められていくと指摘する。高橋さんのこれまでの支援内容を振り返ると、20歳前後でホームレス状態に陥ってしまった若者の多くは親や家族を頼ることのできない環境にあり、児童養護施設等を巣立った若者も例に漏れない。そして男性に比べて女性が住まいを失ってしまった場合、さらなる苦境が待ち受けている。