『AKIRA』のあのセリフは「様をつけろよ」になる

同じ流れで、もう一つ、個人的に「日本語の韓国語訳に困った経験」を紹介しますと、韓国語には日本語の「さん」がない点です。日本では、同じクラスでも、そんなに親しくない間では敬語を使うことありますよね。「~さん」を付けたりします。そういうのも、韓国語への直訳は不可能です。韓国語に「氏」はかろうじて尊称の意味を保っていますが、「さん」にあたいする言葉はありません。「さん」が日本の敬語システムが持つ重要さを考えると、これもまた、意外なことです。

個人的に、日本語の「さん」は、「氏」よりもっと「やさしい敬称」だと理解しています。アニメ映画『AKIRA』で「さんをつけろよ」というセリフがありますが、あれの韓国語訳はどうなるのか、ご存じですか?

シチュエーションからして、「様をつけろよ」になります。「氏」は、韓国でも尊称ではありますが、他人を見下すときに使うことが増えて、敬称として使うにはあまりにも微妙です。『AKIRA』のシチュエーションで「氏をつけろよ」という訳は、不自然すぎます。いずれ、韓国語の一般的な敬称は、「呼び捨て」と「様」の二択になるでしょう。

「バカ」(韓国語のバボ)の字が付く攻撃的な表現比較

日本の映画・アニメなどでは、もの凄く怒った人が、相手に「このバカヤロウ」と言うシーンがあります。でも、これもまた韓国語に訳すのはなかなか難しいです。意味がちゃんと伝わらないからです。

韓国人の訳者からすると、「あんなに怒っているのに、なんでひどいことを言わないの?」がまず疑問です。「バカヤロウでも日本では結構ひどい言葉ですよ」というと、韓国人は「えっ? それってバボニョソック(バカ奴)の意味だろう? それがどうした?」と不思議な顔をします。さすがに本稿では詳しくは書けませんが、韓国語には、特に相手の親や下半身などに関する、ひどい単語がいろいろあります。

一例として「バカ」(韓国語のバボ)の字が付く攻撃的な表現を比べてみると、日本語では「バカな男という意味の表現」として相手本人をバカにするのが一般的です。しかし、韓国語では、主に「バボセッキ(バカ+その息子という意味の侮蔑表現)」とし、その親をバカにするのが一般的です。親に侮蔑を向けることで、蔑の強度を高め、範囲を広げるのです。

このように、日本語と韓国語の「敬」は、適用範囲も、方向性も違います。日本語の「敬」は多元的で、広範囲で、双方向的です。韓国語は、二元論的で、範囲も限られ、一方通行です。