※本稿は、シンシアリー『日本語の行間』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
昔ながらの韓国料理は辛くない
あの禍々しい新型コロナウイルスが大問題になる、少し前のことです。いつもラーメンは味噌ラーメンかとんこつラーメンにしますが、その日は、悪魔のいたずらか神のお導きか知りませんが、なぜか塩ラーメンを注文しました。
うろ覚えですが、多分人生初の塩ラーメンです。なぜいままで食べなかったのかというと、どうもこの「塩」という字に拒否感がありまして。でも、食べてみたら、美味しい。すごく美味しかったです。こんなに美味しいなら、もっと早く食べればよかった、と思いました。
もちろん料理によって違いますが、一般論として、韓国で料理や味に関して「塩」の字を付けると、それはものすごくひどい味を示します。どこで何を間違えたのか、いまの韓国料理は辛さを売りにすることが多いですが、実は韓国料理の昔ながらの味は、具を煮て汁を出すことにあります。味がそんなに強いものでもありませんでした。
ビビンバやグッパは身分の低い人の食事だった
これは身分制や急激な産業化、ソウル一極集中など、両極化がひどかった朝鮮半島の歴史とも関係があります。上流層の人たちは、汁を出すことで、体に良い成分を得ることができると考えました。
昔は、様々な薬材を煮て、その汁を薬としました。その煮る過程で心を込めないと、薬は効能が無いという考え方がありました。それは女性、特に患者の妻の仕事で、薬に効果が無いと、それを煮た女性のせいだという批判を受けたりしました。韓国ではこれを「情誠が足りない」と言います。薬を煮るのは、ある種の祈りだったわけです。
似たような考えが料理にもあって、グック(スープ)やタン(湯)など、肉や鶏など高級な材料を水に入れて煮て汁を出す料理こそが、体にもいいとされました。いまのように簡易化されたものではありませんでしたが、サムゲタンやカルビタンのようなものがそうです。
逆に、身分が低く、貧しい人たちは、ありったけの食材を適当に混ぜるか、単に量を増やすため、水に食材を入れてスープを作りました。具の良し悪しにもよりますが、前者がビビンバ、後者がグッパなどです。いまでは韓国料理といえば「混ぜる」イメージがありますが、実は混ぜることは、身分の低い人たちの食べ方でした。