「なにか」の発見は必ずしも人を救うとは限らない

触診では見つけることができない非浸潤性乳管がん(DCIS)は、マンモグラフィーの登場で発見できるようになりました。がんの進行をあらわすステージは0期。早期といわれるI期にもなっていないため、「超早期がん」とも呼ばれます。

超早期なだけに予後も良好なので部分切除(温存療法)がおこなわれる場合が多いのですが、乳房全体に同時に複数できてしまった場合などでは全摘をすすめられることがあります。ごく早期でありながら、女性にとってはつらい決断を迫られる場合があるのです。

私のところにいらした30代の乳がん患者さんは、1年前に別の病院で泣く泣く全摘の手術を受けたそうです。「自分の命との取り引きだった」はずの全摘ですが、定期検査でCTを撮ったところ肺に小さな、本当に小さな「なにか」が映っていて、担当医に「転移かもしれない」と厳しい宣告を受けました。

事の顚末てんまつを語る女性の表情は暗く、今にも泣き出さんばかりの様子で言葉も途切れがちです。私も覚悟を決めてそのCT画像を見せてもらいました。

「へ? これですかね? この程度の小さな影は10人に1人ぐらい誰でも持ってますよ」

女性は半信半疑の様子です。紹介医である乳腺外科医に「乳がんの転移や肺がんなどではなく、感染症など炎症の可能性が高く、基本は放っておいてよい」と返事を書きました。

「心配なら半年後にまたいらしてください。そしたら大丈夫だって安心してもらえるでしょうから」

そして半年後。カルテを見ながら「おっ、あの女性か」と診察室のドアが開くのを待っていたら、別人かと見まがうほど晴れやかな笑顔の女性が入ってくるではないですか。おまけにこんがり日に焼けています。

「先生、私ね、この病院でも『転移してる』って言われたら、帰りにどっか飛び込んでたわ。でも、平気って言われて気持ちが軽くなって、もう嬉しく嬉しくて、この前ハワイに行ってきましたよ!」
「ハワイですか、よかったですなあ!」

写真=iStock.com/YinYang
※写真はイメージです

改めて検査をしたら、肺に映っていたはずの小さななにかは、すっかりどこかに消えていました。

昔であれば、とうてい気づくこともなかった「なにか」を見つけられるほど医療技術は進歩しました。しかし、その「なにか」を見つけることが、必ずしもその人の命を、心を救うとは限らないのです。