手術でかえって日常生活に支障をきたす可能性が高い
PSA検査では、おとなしいがんだけでなく質の悪い前立腺がんも見つかっているはずで、そうしたがんの治療は患者さんの命を救うことにつながっている可能性はありえます。
また、手術で前立腺を摘出してがんができる場所をなくしてしまえば、以後、前立腺がんのリスクをかなり小さくすることもできます。
しかし、だからといって「前立腺を取って以後のリスクが減るのならよい」とは簡単には言えません。
前立腺は排尿や性機能に関わる神経と接しているため、術後に尿漏れや性機能障害を起こす可能性が高いのです。これはQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)の低下を招きます。
特に尿漏れは日常生活への影響が大きく深刻な問題と言えます。
現代の高齢者は溌剌として、ボランティアだ趣味だ旅行だと、大変活動的です。老後を「第二の青春」として謳歌している方のなんと多いことか。尿漏れやその対策のオムツは、往々にして活動の幅を狭めてしまいます。
前立腺に限らず、手術の後遺症というのは予測がつきません。あの人が大丈夫だから、この人も大丈夫というふうにはいかず、蓋を開けてみるまでわからないのです。
がんが見つかれば切除してほしいと思うのが人情
健康番組で紹介された品が、翌日のスーパーからゴッソリなくなるという話はよく聞きます。メディアの影響は医療現場にも及ぶもので、有名人ががんを公表したり、「○○検査でがんが見つかった」などと紹介されると、関連の医療機関が一気に賑わうというのはよくあることです。ある種のブームです。
すると、ある特定の病気について検査件数がグーンと伸び、追って「その病気である」と診断を受ける方がグググーンと伸びることがあります。こうしたブームが発生すると、検診を研究している立場としては「これは過剰診断ではないか」とちょっと身構えてしまいます。
お隣の国、韓国は長く検診後進国といわれていました。そこで政府主導でメディアも巻き込んだ乳がん、子宮頸がん、結腸がん、肝臓がんの検診が始まったのが1999年のこと。そのとき、オプションとして甲状腺がん検診も受けられることになりました。
超音波での検査はくすぐったいくらいで身体に大きな負担もなく、追加料金も3000~5000円ほどとお手頃だったので多くの人がオプションに加えます。
がん検診のオプションに入れられる前の甲状腺がんの患者数は年間1000人程度。それが2011年にはその約15倍もの方が「甲状腺がん」と診断されるようになりました。当然、治療を受ける人も激増します。
韓国の甲状腺がんの治療ガイドラインでは、腫瘍が1センチ以下の場合は切らないと示していましたが、がんが見つかれば切って取り除いてほしくなるのは人情です。5ミリ程度の腫瘍であっても、ほぼ半数の患者さんが手術で取り除くことを希望しました。しかしながら、死亡率に変化はありませんでした。つまり、手術してもしなくても死亡に関係のない完全なる過剰診断が横行してしまったわけです。