世界で最も有名な漂流『コン・ティキ号探検記』

漂流、というと連鎖的に頭に浮かぶのはイカダを使ってのものだ。

実施した年代が前後バラバラになるが漂流した素材の違いだけでとりあげていくと『バルサ号の冒険 いかだによる史上最長の航海』(ビタル・アルサル著、山根和郎訳、三笠書房)は大木でもっとも浮力があって水を吸収しにくいバルサを中心にリアナ、フィゲロラなどの木材を中心にして作った全長13メートルの粗末な筏で、南米からオーストラリアまで史上最長の漂流実験を成功させている。葦で作った筏のチグリス号はイラク南部から紅海までの漂流旅をなしとげ、ヘイエルダールは今回の主なテキストであるバルサ材で作ったコン・ティキ号の旅のあと、葦で作ったラーⅡ世号で大西洋を横断している。

日本人も頑張っている。日本人のルーツの一部が南方諸国から流れ着いたのではないか、という仮説をもとに、南の国に群生する竹の筏で、フィリピンから鹿児島まで漂流した7人の若者たちによる挑戦漂流記だ(『ヤム号漂流記』倉島康著、双葉文庫)。これは黒潮にのって流れていくことができる。

今回はそれらの漂流記のなかでも世界的にもっとも有名であり、60カ国語以上、聖書の次に多くの言葉に訳されている本、と言われている『コン・ティキ号探検記』(ヘイエルダール著)をとりあげる。日本だけでも8版にわたって翻訳、発行されてきた。ここでは河出書房新社版『世界探検全集14』(水口志計夫訳)をテキストとしたい。

これだけ沢山読まれているのだから、この挑戦的な漂流記の概略についてはここであらためてくわしく語る必要はないように思うのと、本書は漂流の顚末てんまつを細部にわたって検証するのではなく「かれらは何を食って生き延びたのか」ということに焦点をあてているので、漂流の背景は本当に簡単に概略だけですませていきたい。

とくに『コン・ティキ号探検記』はヘイエルダールによるこまかい観察記録がまことに充実しているので、彼ら6人の波間に漂う航海のあいだに乗組員が何を食べてきたか、その詳細を追っていくだけでかなりの文章のスペースを必要とするのである。

巨大イカダでのポリネシア人のルーツをたどる旅

1947年、ヘイエルダールは古代ペルーの筏を、太陽神の名をとってコン・ティキ号と名づけそれに乗って太平洋横断の旅に出ることを決心した。ヘイエルダールの頭のなかにはポリネシア人の祖先のなかには南米から太平洋を渡ってきた人々がかなりいたのではないか、という説が奥深くうずまいていた。

その後ヘイエルダールはいくつかの海洋民族をめぐる学会に参加し、自らの唱える、太古の民族がきっとそうしたであろう南米の大木を筏に組んで太平洋を横断した、という推測をはっきり自分で体験し実証したいと考えたのである。

ヘイエルダールの凄いところは、その土地の民俗学、博物誌、植物学、地質学などを総合的に考慮していたことだ。そのひとつが太平洋をわたる筏は浮力があって腐食しにくいバルサでなければならないと確信したことだった。

そのためにアンデス山脈にわけ入って実際に深い山中に生えている、これぞ、という巨大なバルサを何本も見つけだし、高山からペルーの漂流出発地まで大キャラバンを仕立て、自分が先頭に立って川なども利用してその巨大な材木を港近くまで運んだ。そしていままで誰も見たことがないような大筏の建造に入った。

港の近くの作業場に運ばれた一番太いバルサのうち9本は長さ15メートルほどもあった。それは筏の真ん中部分に配置され長い航海にそれらの丸太が動かないようにしっかり縛りつけられた。構造はこの9本の丸太の左右に少しずつ短い丸太が縛りつけられていったのでやがて筏の両側は10メートルほどの幅になった。

筏自体はそれで完成したが約300本の違った長さの綱でさらにしっかりと丁寧に丸太を巻き付けていった。割り竹の甲板がその上に置かれて固定された。筏の真ん中に竹の棒で小屋を建て、竹で編んだ壁をつくり、竹の板の屋根を作った。さらに皮のようなバナナの葉をタイルのように重ね合わせてそこに貼った。帆柱は並べて2本立てられた。

写真=AFP/時事通信フォト
1997年5月19日、探検家で実験考古学者のトール・ヘイエルダール氏がペルーからポリネシアの航海に使用した、古代ペルーのいかだ船を復元したバルサ製の「コン・ティキ号」

この“造船”をしているあいだにヘイエルダールの雄大な企図を知って沢山の人々が集まってきていた。それらの人の中にはヘイエルダールのこの航海はペテンだ、と言いたてる人もいた。そのようなもので太平洋を横断なんかできっこない、という理由だった。

数多くやってきたそれらの人々の賛否含んだ話をヘイエルダールは熱心に聞き、古代ペルーの航海に役立つ「むかしがたり」を吸収していった。乗組員候補もどんどん集まってきた。あれこれやっているうちにヘイエルダールのもとに5人の乗組員が決まっていった。クヌート、ベングト、エリック、トルステイン、ヘルマン。それにみんなのペットとしてプレゼントされたスペイン語を話すオウムが1羽。

当然それぞれ出身国、専門分野、得手不得手、性格などが異なっているがそういうことが関係してくるエピソードは本体の探検記に委ねるとして、ここではあくまでも「何を食ったか」という大テーマに集中していきたい。