なんらかの目的を持った「計画的漂流」もある
その一方で、なんらかの目的をもってあらかじめ計画的に漂流する、というケースもある。「計画的漂流」「実験漂流」というようなことになり、これにもいくつかの事例がある。
アラン・ボンバールという人の書いたその名も『実験漂流記』(近藤等訳、白水社)は計画的に漂流し、飲料水に海水をどのくらいまぜてそれを飲み増すことができるか、などということを自分で実験漂流しており、その実験の成果はその後の多くの航海者の必読書のようになった。日本でも斉藤実というヨットマンが「ヘノカッパⅡ世号」という自分のヨットでボンバールと同じ実験漂流に何度か挑んでいる(『漂流実験 ヘノカッパⅡ世号の闘い』海文堂)。これは厳しい海と対決するのと同時に(危ないからという理由で)彼の行動を阻止しようとする海上保安庁とのタタカイにあけくれている。一般の安全な船に乗っている海保の乗組員にはボンバールや斉藤実さんがやっていることは理解の範囲を越えているから、問答無用であぶない、禁止という思考になってしまうようだ。
コロンブスの新大陸を目指した最初の航海は1492年「サンタマリア」「ピンタ」「ニーニャ」の帆船三隻で行われた。
この偉大なる功績を追って1962年にアメリカの水中考古学者ロバート・F・マークスとその乗組員による「ニーニャⅡ世号」によって行われた航海はコロンブスの「ニーニャ」をひとまわり小さくした帆船でのものだった。コロンブス時代そのまま、航法もルートもそっくり同じで“新大陸”を目指した『コロンブスそっくりそのまま航海記』(ロバート・F・マークス著、風間賢二訳、朝日新聞出版)が痛快である。このときも着想が安易だ、などとの批判があるなかでの出航で無事沢山の成果を得て帰還した。
このコロンブスそっくり号の探検行の少しあとの1976年、6世紀のアイルランドの修道僧聖ブレンダンの航海記を規範に小さな飛行船型の船を建造して実験航海に出た人々がいる。『ブレンダン航海記』(ティム・セヴェリン著、水口志計夫訳、サンリオ)である。
アイスランドの北から先は北極圏となり、木が育たないから温暖地帯のように通常の木造船がつくりにくかった。そこで現代の挑戦者、4人の乗組員は保存してあったむかしのものを補修していくところから始めた。まだあちこち穴のあいた巨大な獣の臭いのする不思議な船にセイウチなどの海獣の革をはりついで苦労しながら現代の革船を作った。出航のときは信心深い島の人々が大勢あつまり十字架をかかげたという。
この船は外側が革という脆弱な素材ながら船体は軽い。要するに空気袋だから航海中の浸水などの補修も重い木造船よりは簡単らしかった。
このブレンダンの船と、先にあげたコロンブスそっくり号の航海記は、航海記とは言っているが読んでみると内実は彷徨える前世紀の船の実験漂流で、着想もダイナミックだし、内容もじつに面白い。