財産分与をめぐって絶縁状態に
死をめぐる考えは個人差が極めて大きい。最期をどう迎えるかはそれぞれの死生観が絡むため、簡単に答えが出るものではないのも確かだ。
実際、妹が「お父さんの時のように、最期に延命治療をするかどうかでお兄ちゃんと争うのは絶対イヤだから、呼吸器をつけるかどうかくらいは明言しておいてほしい」と母親に頼んでも、母親は苦笑しながら「そんなことは、その場にならなければ本当のところは分からない。だから今は何とも言えない。お父さんだって、答えなかったのではなくて、答えられなかったんだと思うよ」と語るだけだ。
兄妹のいさかいは父親の死後も続いた。財産分与をめぐって折り合いがつかず、相続税申告の3日前になって、Dさんが4分の3、妹が法定相続分の4分の1を受け取ることで合意した。
Dさんの母親は土地持ちで資産が多い。母親に父の遺産を相続させると、母親が亡くなった後の二次相続で相続税がかなり増えるため、今回は母親への相続はほぼゼロにした。認知機能が衰えている母親に「生活は面倒を見るから」と納得してもらい、妹には「お前に渡すと、お父さんが一生懸命ためたお金をすぐに使ってしまうから」と理由をつけて法定相続分の4分の1のみとし、Dさん自身が4分の3を得た。
妹は反発したが、「兄に『申告期限が迫っていて、いまさら配分を変えられない』と言われ、仕方なく受け入れた。弁護士にも相談したが、『法定相続分は受け取るのだから、争っても勝ち目はほぼない』と言われた。時間切れを狙う兄の作戦にはまった」と納得できない様子。以後、妹は生死に対する考えの違いもあり、兄と絶縁状態になっている。
終活をしなかったことで深刻な対立が生まれた
この家では母親の持つ財産が亡父より大きいため、妹は「母が亡くなるまでの間に、兄が母を言いくるめて、財産を兄名義に変えさせ、母の遺産を大幅に減らしてしまうに違いない。でも、現状は絶縁状態で手の施しようがない」と嘆く。二次相続の段階では「弁護士を雇い、裁判に訴えてでも戦うつもりだ」と今から争続を決意している。
「残された妻と長男、長女が争うはずはあるまい」と考えていた父親の対応が完全に裏目に出た形だ。妹が願ったとおり、せめて「延命治療は不要」「財産はなるべく等分に分けるように」程度でもいいから決め、エンディングノートに書くなり、口頭ではっきり伝えるなりしておけば、ここまでの深刻な対立を生むことはなかっただろう。
残される家族の平安を望むなら、延命治療の有無と財産分与の方向性を最低限でも示しておくことは、先に逝く者の義務と言ってもいいかもしれない。