自分ではコロナウイルスをどうにもできないので医療従事者を攻撃する

簡単にいうと、イライラすることがあると八つ当たりするというのが、「フラストレーション(欲求不満)・アグレッション(攻撃)仮説」、および、「置き換えられた攻撃モデル」です。日常的によくあることと思われがちですが、実は、この仮説の正否については長い論争の歴史があります。

フラストレーション・アグレッション仮説は目標に近づこうとしているのにそれが阻害されると欲求不満が生じ、攻撃行動を引き起こすというかなり古いモデルです。置き換えられた攻撃モデルはフラストレーションをもたらした源泉以外の対象に攻撃が向かうことを説明するものです。この置き換え、すなわち八つ当たりが本当に起こるのかが論争の的でした。

中谷内一也『リスク心理学 危機対応から心の本質を理解する』(ちくまプリマ―新書)

自分の目標到達を阻害する対象を攻撃するのは、目標達成に合目的的です(理にかなっています)。ところが、置き換えた対象を攻撃しても、自分の目標には到達できません。人はそのような無駄な攻撃にエネルギーを使うのだろうか、という疑問です。実際、置き換えられた攻撃モデルは研究によって支持されたり、支持されなかったりをくりかえしてきました。しかし、過去50年間の研究結果をまとめて全体的な様子を分析したところ(メタ分析と呼ばれます)、攻撃の置き換えは起こるという報告もあります。この論争はまだ継続するでしょうが、メタ分析の結果が正しいとしましょう。そうすると次のような説明ができます。

コロナ禍では人々は不便な自粛生活を強いられ、職を失う人も少なくありませんでした。多くの人がフラストレーションを経験したはずです。そのフラストレーションをもたらす本来の原因を取りのぞくことができれば良いのですが、個人がいくら努力しようが新型コロナウイルスを消滅させたり、新型コロナ感染を収束させることはできません。そこで、攻撃の矛先が新型コロナウイルスに関連の深い医療従事者や感染者に向かい、誹謗中傷という形をとったと考えられるのです。

新型コロナ禍では感染防止ルールを守って営業している飲食店にも嫌がらせや脅しまがいの張り紙が貼られたり、他府県ナンバーの自動車が傷つけられたりしましたが、それらはかなり陰湿で攻撃的であったことが思い出されます。

ここまで、危機対応に奮闘する医療従事者が誹謗中傷を受けるのはなぜか、病気に苦しむ患者や家族が偏見にさらされるのはなぜか、という問題を検討してきました。そして、(1)私たちの認知能力には限界があるため世界を単純化して理解しようとし、そのなかで他者はひとくくりにカテゴリー化される、(2)そのカテゴリー化された集団に対し、公正世界誤謬によって否定的な評価が与えられる、(3)確証バイアスによって、その否定的な評価を支持する情報は積極的に受け入れられ、反証となる情報は無視されやすくなる。そのため悪い評価が書き換えられることは難しい、(4)新型コロナ禍で思うようにいかない苛立ちやフラストレーションが、問題解決とはならない対象集団ないしは個人への攻撃として置き換えられる、という説明を行いました。

こういった問題にかかわる社会心理学や判断と意思決定の古典的なモデルを援用するとこういう解釈が可能である、という試みとご理解下さい。他にもいろいろな説明の仕方があると思います。

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