ナイキ「独り勝ち状態」にいたるまでの障壁

現状、ナイキの独り勝ち状態だが、そこにいたるまでにはいくつかの障壁もあった。

2020年1月にはナイキのシューズがターゲットにされたような“厚底騒動”が勃発した。あまりにもナイキユーザーが新記録を連発し、好成績を収めたことへのやっかみもあったのかもしれない。

騒動の結果、世界陸連は使用できるシューズに制限を課すことになる。その際、公式戦で使用できるシューズの靴底は「40mm以下」となり、この2021年7月下旬に発表された新規則では、800m以上の中長距離トラック種目に関しては靴底が「25mm以下」に改定された。

最新モデルである〈アルファフライ〉は使用OKだが、これ以上はソールを厚くすることができない。今後は制限下のなかでイノベーションを模索していくことになり、シューズ作りのコンセプトを考え直さざるをえなくなった。

ナイキの“高速スパイク”も威力十分

しかし、ナイキ厚底シューズが持つテクノロジーは新たなかたちで陸上ファンを沸かしている。コロナ禍で世界のアスリートは厳しい制限下でトレーニングを続けてきた。2020年4~6月はほとんどの競技会が中止や延期になったが、その後の約1年間、トラックの長距離種目で好タイムが続出している。

男子5000m、男子10000m、女子5000m、女子10000mで世界記録が“爆誕”したのだ。

ポイントは、これらの世界記録がいずれもナイキの“高速スパイク”がもたらしたものということだ(トラックの接地面に複数のピンがついている)。具体的には2020年に発売された〈ズームエックス ドラゴンフライ〉というモデルになる。

写真提供=ナイキ
ズームエックス ドラゴンフライ

「トラックで〈ヴェイパーフライ〉を履く選手を見て、もう少し安定性があり、カーブをまわれるスパイクを作ろう」(ホルツ氏)という考えのもと開発されたものだ。

〈ズームエックス ドラゴンフライ〉は、ロード用の厚底シューズである〈ヴェイパーフライ〉や〈アルファフライ〉と同じく、ソールには約80%のエネルギーリターンを得られる素材を使用。また、カーボンファイバー製ではないが、プレートも搭載されている。しかも、26.5cmサイズで約125gと超軽量だ。

この高速スパイクは日本の長距離種目でも驚異の快走をもたらしている。

2020年12月の日本選手権。男子10000mで相澤晃(旭化成)が女子10000mで新谷仁美(積水化学)が日本記録を大幅に更新して優勝した。

相澤は、「クッション性があるので、きつくなっても押していけるところが、過去にはないスパイクなのかなと思います」と、話している。

なお、中長距離用スパイクには〈エア ズーム ヴィクトリー〉というモデルもある。こちらは厚底シューズの最新モデルである〈エア ズーム アルファフライ ネクスト%〉のスパイク版だ。前足部にはエアも搭載されている。

この〈エア ズーム ヴィクトリー〉を着用した三浦龍司(順天堂大)が2021年5月に男子3000m障害で18年ぶりに日本記録を塗り替えると、6月の日本選手権で8分15秒99、東京五輪の予選では8分09秒92までタイムを伸ばしている。

男子10000mのメダリスト3人は〈ズームエックス ドラゴンフライ〉を履いており、東京五輪でもナイキの高速スパイクが“爆発”するだろう。