「いちばんいいところは、料理じゃない」

「健ちゃん」

西のことをそう呼ぶことができる人はわたしが知る限り三人。その一人がサンモトヤマ創業者の茂登山長市郎さんだった。

撮影=牧田健太郎

茂登山さんは京味の常連ナンバーワンだった。京味が開店してすぐにやってきて、週に二度は通い、晩年まで、食事をしていた。わたしも茂登山さんにはずいぶん食事をご馳走になった。「マキシム」、天ぷらの「茂竹」、帝国ホテルの寿司「なか田」……。

「次は健ちゃんの店だ。野地くん、京味で好きなだけ食べていいぞ」

そう言っていたけれど、一緒に行くことはできなかった。

そんな茂登山さん、そして、京味の包装紙のデザインをした長友さんが京味の第一の特徴はこれだと語っていたことがある。

茂登山さんは言った。

「野地くん、知ってる? 健ちゃんの店のいちばんいいところ?」

わたしはなんとなくわかったけれど、わかったとは答えられなかった。

「何でしょうね、いったい?」

茂登山さんは「料理じゃないよ。料理は天下一だ。だが、料理じゃないんだ」。その時、横にいた長友さんが「野地くん、それくらいのこともわからんのか。勉強が足りん」と不機嫌な顔で言った。

番頭、妻、ふたりの娘と店の外に出て…

ふたりが教えてくれたのは次のようなことだった。

「あんな、あそこのよさはファミリーサービスなんや(長友さんの口調)。西さんを始め、家族が一生懸命、サービスをする。みっちゃんも従業員もみんな家族やで。考えてみいな。あれだけの高級店でファミリーサービスしてくれる店はないで」

撮影=牧田健太郎

そうだ。言われてみればその通り。京味は働いている全員が家族の店だ。

たとえば、京味の儀式、「お見送り」である。

食事が終わり、デザートが出る。「ごちそうさま」と立ち上がる。カウンターのなかに西はいない。

番頭のみっちゃん、妻、ふたりの娘と一緒に店の外に立っている。

みんなでいっせいに「ほんとにありがとうございました」と頭を下げる。下げて五秒くらいは誰も頭を上げない。なんだかんだで店の入り口で三分くらい時間を費やしてしまう。

客が迎えの車に乗り込むと、また頭を下げる。ドアが閉まったら、頭を下げて「またお越しください」と言う。車が出ていくと、また頭を下げる。