「同じ作品を宇宙で読んでみたらどんな印象を抱くのか」
彼にとって『宇宙からの帰還』のさまざまな記述は、実際に宇宙飛行士として宇宙に行った際も意識し続けていたという。
「確かにアポロで月に行った人はそう思ったかもしれない。一方で自分自身は宇宙に行っても、同じような気持ちになることはありませんでした。でも、それは何故なんだろう? 宗教の違いもあるでしょうし、月に行ったかどうかも当然、関係しているでしょう。また、私の時代はもはや地球の低軌道が日常化してきていた、ということもあったかもしれない。いずれにせよ、学生の時にあの本を読んだ私は、同じ作品を宇宙で読んでみたらどんな印象を抱くのかにちょっと興味があったんです」
『宇宙からの帰還』とはこのように、現役の日本人宇宙飛行士が傍らに置き、自らの宇宙体験の内的な「意味」を意識的に考えてみようとする上での手掛かりにもなってきたわけだ。
2010年4月にスペースシャトルで宇宙に行った山崎直子さんも、『宇宙からの帰還』を「バイブル」のような作品と語る一人である。
「この地球以外、我々にはどこにも住む所がないんだ」
ある雑誌でインタビューをした際、彼女は「私自身の経験から言えるのは、『宇宙に行くこと』とは『地球を知ること』。宇宙から青い地球を見上げるように眺めると、私たちにとって地球こそが宇宙の中の憧れであり、かけがえのない場所であるのだと感じます。『宇宙船地球号』という言葉が、文字通り強烈に実感されるのです」と話していたがこうした言葉もまた、立花さんが同書で描いた世界を踏まえてのものに違いない。
『宇宙からの帰還』で立花さんは地球低軌道、船外活動、月軌道や月に降り立った飛行士など、さまざまな種類や深さの宇宙体験を描き、〈この地球以外、我々にはどこにも住む所がないんだ〉(合計3度の宇宙飛行を経験したウォーリー・シラーの言葉)という彼らの実感を印象的に伝えている。
そして、そうした証言を〈実体験した人のみがそれについて語りうるような体験〉であるとし、最後に〈彼らにインタビューしながら、私は自分も宇宙体験がしたいと痛切に思った〉という気持ちを吐露している。
ISSを中心に進められてきた有人宇宙開発はいま、「次の段階」に進み始める時期にきている。NASAは月面に再び人を送り込む「アルテミス」計画を発表し、イーロン・マスクのスペースX社など、民間企業による有人ロケット開発や月・火星探査の動きも活発化している。宇宙飛行士たちの先進的な活動が再び月や火星といった次のステージへと移っていく一方、宇宙体験は職業的な宇宙飛行士だけが独占するものではなくなっていくのだろう。
そのとき、立花さんの数多くの作品がそうであるように、『宇宙からの帰還』もまた繰り返し新しい読者を獲得し、新しい読まれ方をされ続けていくはずだ。