IT化を土台に店舗数を拡大
システムの導入は、効率化を促しただけでなく、それまで社長の頭の中にあったノウハウや知識を、仕組み化して共有することにもつながり、その後の寿商店の成長の基盤ともなった。「(当時)2店舗だった居酒屋などの店舗数を、12店にまで増やすこともできるようになりました。父も今ではこの受発注システムをとても気に入って、知り合いのほかの社長さんたちにも勧めているくらいなんですよ」と朝奈さんは笑う。
10年ほど前から、フェイスブックやツイッターなどのSNSにも力を入れ始めたが、これも最初は嶢至さんをはじめとした職人たちに反対された。
「『社内の写真を撮るな』『なんで知らない人に店のメニューを見せなきゃいけないんだ』と彼らは言うんです。それが今では、父が一番ハマっていて、私とフォロワーの数を競ってくるほど。私が始めたYouTubeにも出たがるんですよ」
7年ほど前から、売り上げや来店者数に、SNSの効果があらわれるようになってきたことが大きかった。「最近は父も、『ネットの力はすごいなあ』と言っています」
もっと多くの人に魚の魅力を知ってほしいと、コロナ禍が始まった1年前に始めたYouTubeでは、旬の魚のさばき方や調理方法などを紹介する動画を公開。今では約13万6000人の登録数(2021年6月21日時点)を抱える人気チャンネルとなっている。
「父が積み上げてきたものがあるから今がある」
寿商店に入社してから、ホームページや店舗のメニューデザインのリニューアル、会社ロゴの作成、スタッフに向けた行動指標の制定、就業規則の整備など、さまざまな施策を推進してきた朝奈さんだが、「かつて大きな企業で働いた経験がすごく活きている」という。
「『雇用される側』の気持ちもわかりますし、何より、仕組み化された『組織』で働いたことで、寿商店に足りないもの、これからやるべきことが見えたことが大きかったです。また、楽天はすごくスピードを重視する会社だったので、そういったところも大きな影響を受けました。今の私も『今日思いついたことは今日やる』みたいなところがあります」
こうして寿商店にさまざまな変化をもたらした朝奈さんだが、強引に自分流を押し通したわけではない。「父が積み上げてきたものがあるから今がある。リスペクトを持ちながら、父がやってきたことを否定しないようにしています」
父の嶢至さんも、そろそろ朝奈さんへの代替わりを考え始めているようだ。「父が65歳になるまでには、私が代表を引き継げるよう準備をしています。でも、『生涯現役でいたい』という意識も強い人なので、父の居場所を残しながら、並んで走れる間は一緒に走っていきたいです」
(後編に続く)