そして、西村は旭がCDに託したメッセージを紹介した。

〈このCDをきっかけに楽しい気持ちになってくれたらうれしい〉

「加藤ももっと長生きしたかったはずだ。そういうときでも加藤は他人に目を向けていた。他者を尊重できる熱意を持った専門家であれ」

「他者の役に立ちたい」という願い

考えてみれば、自己主張の強い時代である。「自分、自分」ととにかく我が利益を主張することがてらいなく語られる。しかし、自分のためだけに生きることは本来、貧しく、悲しく、寂しい。旭は声高に、語りはしなかったが、他者のために生きる意味を示した。豊かな生き方だった。

小倉孝保『十六歳のモーツァルト 天才作曲家・加藤旭が遺したもの』(KADOKAWA)

式が終わり卒業生、教員、そして保護者が講堂を出た。

外階段の左右に小さな桜があった。

アサヒヤマザクラ。

栄光学園が旭を記憶にとどめようと植樹した花だった。アサヒヤマザクラは寒さに耐え、春にはたくさんの花を咲かせる。

植樹されたばかりのアサヒヤマザクラはまだ花を付けていなかった。ただ、きょうの卒業生同様、いずれ広い空に向かって枝をはり、白い花を咲かせる。

他者の役に立ちたい──。

旭の願いもサクラとともに大輪の花となる。(敬称略)

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